世捨て人の暮らしぶり

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パピー

「また、会おうな」そう言い残し、寂しそうに電話を切った僕のパピーは御年六十四歳。今でこそ片田舎で細々と暮らしているが、若き日のパピーは実業家として名を馳せた後、凄まじいほどの勢いで転落。したと思ったらまた上り詰め、また転げ落ちるという富士急ハイランドもビックリのジェットコースター的な半生を過ごした。

 

ゆえに僕ら家族は全員道連れ。家賃40万サウナ付きのバカみたいに広いマンションに住み、晩飯時には寿司屋が家に入ってきて好きなネタを注文するというハイソサエティーな暮らしを経験したかと思えば、翌月には家族全員で薄暗い地下倉庫に布団を敷き、20円のもやしを食すというサバイバル生活を強いられた。

 

そんなパピーは破天荒を体現したような男だから警察沙汰も一度や二度。では済まずに三度、四度。幼い弟を抱っこしたマミーと一緒によく警察署へお迎えに行ったのも今となっては良い思い出だ。帰りは決まって、たこ焼きを買ってくれたしね。ということで今日は、そんな僕のパピーのお話をツラツラ書いてみたいと思う。

 

1、阿佐ヶ谷駅前「飯、食ったか」事件

僕が大学生の頃のある夜、JR阿佐ヶ谷駅を降りると頭から血を流したスーツ姿の男が「俺を誰だかわかってんのか!」と昭和風味の威嚇で角材を持った相手に殴りかかろうとしていた。僕はすぐ交番へ行き「喧嘩です!」と通報し警官と一緒に現場へ向かう。

 

しかし、近くで良く見るとその血を流した男は僕のパピー。パピーが警官に取り押さえられている時、僕が「親父!!」と叫ぶとギャラリーの注目が一斉に集まる。まるで刑事ドラマのワンシーンだ。次の瞬間、パピーは羽交締めにされ苦しそうな顔をしながら大きな声で僕に言い放った。「飯、食ったかぁぁぁ!!」。

 

連行され遠のいていくパピーに何て声をかければ良いのかわからず僕は慌て気味に「まだ〜」と返す。すると「そうかぁ〜」というパピーの声が阿佐ヶ谷の街にこだました。

 

2、回転寿司イチャイチャ事件

回転寿司で食事をした後、いつもの駅の高架下を通り歩いて家族で家路についた。するとそこに居たのはこれでもかというほどイチャついているカップル。パピーはそれを見つけると小学生の僕、幼稚園児の弟と肩を組みカップルを指差して大きな声で言った。

 

「いいか、女とイチャつくのはいい。でも外でああいうみっともないことは絶対にしちゃだめだ。わかったか!」僕と弟が頷くと、カップルの男性が鬼の形相でこちらに歩いてくる。その後、男性とパピーがイチャイチャしはじめたためマミーは交番へ走った。

 

3、お父さんを捕まえる事件

僕が中学生の頃。家でマミー、小学生3年の弟と三人で晩飯を食べていると、玄関が勢いよく開きパピーがドタドタとリビングに走ってきた。パピーはニヤニヤしてカバンから紙袋を取り出し「焼き鳥、買ってきたぞー!」とテーブルの上に置く。

 

僕が「おっしゃー!」と勢いよく紙袋を破くと、そこに現れたのは焼き鳥ではなく、ゴツゴツとした帯付き札束の数々。え?と息を飲むとパピーが「数えろー!」と帯を外す。次の瞬間、マミーは「ダメ!!」と怒鳴り札束を隠した。

 

その様子を目の当たりにしていた幼い弟はパピーがまた悪いことをしたのだと思い込んだらしく、後日家に持って帰ってきた作文には「将来の夢は警察官になってお父さんを捕まえることです」と書いてあった。

 

4、佐藤家四億円事件

会社を潰して一文無しになったパピーは「やりたいことないんだから仕方ない」と主夫業に専念して料理にハマる。毎日凝った料理を作りたいと高級食材を買い込み家計を圧迫。佐藤家の貯金はあっという間に底を尽き、借金生活に突入した。

 

しかしある日、パピーは出かけたっきり家に帰らなくなる。1ヶ月ほどして帰ってくると「アメリカ行ってきた」とのこと。何をしてきたかというとアメリカに本社を構える大企業のライセンス契約を取ってきたというのだ。

 

パピーはこのライセンスを元にお金を集め、一文無しから三ヶ月後には新しい会社を創業。その商売はノリに乗って約半年で四億円の規模に成長し、パピーは業界の風雲児としてあらゆるメディアに登場するようになった。しかし、業界新参者のパピーへの風当たりは強く二年後、またしてもパピーの会社はかなりの負債を残して潰れた。

 

二十年後、僕がまだライター駆け出しの頃。某業界の歴史に関する記事を作っていて、何人かの人物にインタビューしたところ、パピーの名前と会社名が出てきた。パピーはヒーローよりもヒール的な存在として名前が上がっていたから綺麗な話ではなかったが、僕は自分が書いた記事にパピーの名前と会社名を記せたことが嬉しかった。

 

パピーの教え

他にもここに書けないようなパピー伝説はたくさんあるけど、一貫しているのは悲しきかなパピーを知る人からパピーの良い話を聞くことはないということ。でもヒールだろうが何だろうが関係ないよ。パピーは僕に色んなことを教え、与えてくれた最高の親父なんだ。

 

「殺人・麻薬・宗教。それ以外は全部OK」という教えによって世の中のルールを斬新な角度から学べたし、「金は払うな。使え」という教えも自分で商売をやるようになったらその意味がわかったよ。時には「女は八人くらい作った方がいい」という教えもあったっけな。ただ35歳になっても一人出来るか出来ないかくらいだから情けないよ。

 

今でも大事にしているのは「二兎は追え」という教え。片方諦めるくらいなら全部手に入る方法を考えれば迷わないから力が出るじゃないかという諸刃の教えだ。この教えを守っているおかげで何度か火だるまになりかけたけど、今は幸せに暮らせているよ。

 

そんな数々の教えを示してくれたパピーも六十四歳。今その声に昔のような覇気はなく、心なしか体も一回り小さくなったような気がする。

 

僕は今まで「息子の自己実現こそ最高の親孝行」だと思って自分勝手に生きてきたんだけど、たまには会いに行って飯奢るとかでもアリなのかなと。マミーは毎年誕生日近くになると買ってほしい商品のURLを送りつけてるからいいんだけどね。パピーには何もしてないからな〜。とか、最近考えたりしてる。

 

 

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