世捨て人の暮らしぶり

自営業でコピーライターやってるよ。東京と神奈川と静岡に住んでるよ。ドラムを叩くよ。面白そうな書き仕事なら世界中どこでも行くよ。Twitterは(@mush_me)、Instagramは(chappy__0927)、その他の連絡は→shotasato4@gmail.com だ!

2、嘘つきは営業のはじまり|【私小説】金はあるのか?

営業は素晴らしい仕事だし、嘘なんてつかずにキッチリやってる優秀な人はたくさんいるわけなんだけども僕が放り込まれた世界はちょっとアレなところでしたので「嘘つきは営業のはじまり」というタイトルにしてみました。ファーストキスがいちご味なら、僕のファーストビジネスは鉄の味でしたね。うん、思い返せばこれも青春だ〜。

 

 

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2、嘘つきは営業のはじまり

 

折りたたみ式の長机前に並ぶ冷えたパイプ椅子に座ると、「一通り悪いことはしてきました、はい」と言わんばかりに荒ぶった顔つきに坊主頭の椎名さんが、これから電話で販売する商材の説明をはじめた。

 

とはいえ、1時間の研修で商材の説明に割いた時間はわずか10分。内容は客が使っている電話回線をこちらが売り込む回線に切り替えさせるというもので、それを電話と申込書の郵送やり取りだけで完結させるとのことだった。

 

その他50分は「客をいかにして勘違いさせるかが重要だ」「申込を取るためなら客とはいくらも揉めても構わない」など、戦場を生き抜くためのありがたいアドバイス。僕は一瞬にしてマフィア入りを果たした。

 

椎名さんは僕の開いた口を塞ぐように「要は根性だ。グッドラック」と親指を立て、席へと送り出すがその様はビックリするくらいキャラとのミスマッチを引き起こしていた。

 

僕が案内された席は今しがた、おじさんの胸ぐらを掴んで凄んだホスト風のチームリーダー永井さんのシマだ。来客もなければ営業にもいかないのにギラギラのドレススーツに身を包み、枝垂れた茶髪が形どる頭は旬を過ぎたパイナップルそのものだ。

 

シド・ヴィシャスをリスペクトする若いパンクバンドの方がまだマシなファッションだったが、10名の部下が必死に電話かけている中、机に足を投げ出してEXILEの新譜歌詞カードに見入り口元を動かしているのだから、さぞやり手のビジネスマンなのだろう。

 

胸ぐらを掴まれて半泣きだったおじさん遠藤さんは、永井さんの部下で僕の向かいで電話をかけている。赤くなった首元が痛々しい。前髪の後退によって幅を利かせた額にうっすらと浮かぶ汗。

 

眉間にシワを寄せながら、電話では伝わるはずもないのに繰り返す「通話料が安くなるんです!」という手振りは彼の力量を表しているのだろうか。受話器を握った左手の薬指には、くすんだ色のシルバーリング。年の頃を考えれば大学生の子どもがいたっておかしくはない。

 

もし遠藤さんが僕の父だったなら、この姿を見たとしても「僕のお父さんは世界で一番強いんだ」と胸を張って言ってやりたい。言ってやりたい。などと余計なことを考えていると電話を終えた遠藤さんが僕に軽く会釈をしてくれた。

 

永井さんの怒号が飛ぶ「おい、新人!さっさとかけろ!」。僕はその声に背中を押されるようにイソイソと番号をダイヤルし受話器を耳に当てた。「私◯◯の代理店、株式会社カットラインの佐藤と申しますが」ガチャ。「私◯◯の代理店の…」ガチャ。数十件かけるもガチャきり。良くても「社長いません」の一言で切られてしまう始末だ。

 

ため息を一つついてオフィスに並べられたホワイトボードに目をやる。そこには名前とともに全員の営業成績が正の字で書き込まれていて、契約が取れていない人の欄には死という赤いマグネットが貼られていた。初日の僕とて「佐藤(死)」と例外ではない。

 

二日目になってようやく1件の契約が取れたが獲得できた電話回線はたったの2回線。トップを取って人間界に返り咲くには一月で1000回線ほど獲得しなければならない。途方に暮れたかったがそんな暇はない。僕は黙々と電話をかけた。

 

取れない日が3日も続けば永井さんは僕の胸ぐらを掴んで持ち上げ、左頰めがけて右拳を振り抜く。罵声とともにだ。しかし、僕だけではないから永井さんは平等だ。

 

口の中に広がる鉄の味にも慣れてくると「殴るのは良いけどYシャツのボタンが飛ぶから、胸ぐらだけは掴むのをやめてもらえませんか?」と冷静を装うのはかすかな抵抗。怯えの色は隠せていなかったかもしれない。

 

とはいえ肝心の成績は振るわず。初月を終えた結果は24回線で200人中150位という成績。あと2ヶ月で149人も抜かさなければならない。ちなみに遠藤さんは179位だ。

 

永井さんチームの成績は僕や遠藤さんが足を引っ張り振るわず。そうなれば永井さんとて例外ではない。上司に当たるGMの柳瀬さんが、永井さんの腹にジャンピングニーを見舞うとパイナップルが地面にゴロゴロと転がった。

 

暴力と恐怖が支配する世紀末のような会社だったが、成績の良い人への待遇はこの上なく厚い。1位を取れば基本給とインセンティブを含めて100万円以上が支払われることはザラだし、遅刻しようが早く帰ろうが文句一つ言われることはない。

 

そんな出来る人たちの呼び名は「天才!」と安易な名前で統一されており、19歳高卒女子、蘭ちゃんが1位を1年間キープし続けているのだから本当に世紀末だ。

 

腹に手をあてがいながら永井さんが席に戻ってくると「集合!」と全員を呼びつける。電話中の人が「ちょっと待ってください」の合図で手をあげるも、イラついている永井さんは椅子を蹴飛ばし転ばせて強引に電話を切らせた。

 

「今月の目標伝える。一人最低50件の客と揉めろ。強引にでも申込書回収してキャリアにブチ込めば会社が責任持つんだから。お前らはどんな手使ってもいいんだ。必ず数字を持ってこい」

 

揉めて裁判沙汰になったら不利という安い常識は通じない。電話回線の切り替えに成功すれば、この会社にはキャリアから1回線あたり数万円の営業代行料が支払われる。裁判沙汰に発展したところで争う金額はたかだか数十万。手間を考えて泣き寝入りする客がほとんど。仮に負けたとしてもキャリアから受け取る報酬の方が大きいわけだから痛くもかゆくもないという理屈だ。もちろんキャリアはそんな実情を知る由も無い。

 

「仕事をするからには人に喜ばれたい。やりがいのある仕事がしたい」と思っていた。ただ学もない、手に職もない、世間も知らない無謀な状態で社会に飛び出した僕は、そんな悠長なことをいっていられる身分にはないということにようやく気がついた。

 

もう辞めたっていい。このまま電車に乗ってどこかのライブハウスに行けば、勝手知ったる仲間が今日も演奏してるんだ。「いやぁ、俺も落ち着いたよ」なんて酒片手にホラでも吹けばいくらかは救われる。

 

しかし、毎日人格どころか存在ごと否定されているうちに物事の善悪や幸不幸について思考する力はもう残ってはいなかった。気づけば、僕は死ぬほど戻りたくないはずの席にまるで何事もなかったのように腰を下ろしていた。

 

頭の中に残っていた「客と揉めろ、契約を取れ」という任務の遂行を妨げていたのはもはや正しいのかもわからない善人モラル。肉体と精神が疲弊しきってそれを持ち続けることすら億劫になると、頭の中がスーっと軽くなり遠のいていた意識がハッキリと戻っていくのがわかった。

 

頭はこれまでないほどに冴え渡る。試しに電話をかけてみると断られたところで何も感じない。電話口の相手がモノのように思えて、どのようにけしかければ相手が動くのかを合理的かつ機械的に考えるようになった。

 

それからは破壊衝動にも似た邪な情動に身を任せることが心地よく、数字を重ねるために朝から晩までパソコンと電話の前に張りついた。就業時間の2時間前に会社へ行き、市役所・官公庁・銀行・農協など。電話回線を多く持つ会社を手当たり次第リストアップ。

 

営業がはじまると勢い良く電話をかける。売り込みはしない。「来月から通話料下がるんですけど、どちら様にお話すれば良いですか?」と、決済者の名前と在社時間だけ聞いて話を終えるのだ。

 

あとは再び電話をかけて「佐藤ですけど、◯◯さんいます?」と親戚さながらの口調で電話をかける。つながれば「通話料下がりますので書類にサインして◯日までに返送してください」とだけ要件を伝えて電話を切る。話す内容など関係ない。「もう決まったことですよ」と抑揚をもって伝えるだけで良いのだ。

 

100件の見込みに電話し続ければ70件名前が聞けて50件決済者と話せる。そこから25件に承諾をもらって申込書を送る。電話回線が他社に切り替わるのだと気づいてストップする者はそのうち15件。それでも10件近い申込書が返ってきた。そこから5件が揉め事に発展するがその鎮火は永井さんの仕事だから僕には関係ない。

 

この作業を淡々と繰り返して迎えた2ヶ月目の契約数は350回線で200人中19位。それでも1位ではないから意味はない。僕はホワイトボードに張り出された結果を横目で確認すると、そのまま席に戻り電話を続けた。

 

今のやり方ではトップが取れないと考え、そろそろ辞める雰囲気が出ている者に近寄って根こそぎリストを集めた。辞める者を見極めるのは簡単だ。罵声と暴力が飛び交う社内で、低成績ながら笑顔で昼飯を食い、頬を紅潮させている者に声をかけるだけだからだ。

 

リストを得た僕は朝から晩まで電話をかけ続けた。トイレに行く時間が勿体ないからなるべく水は飲まない。昼飯の時間は社内が静かになるから決済者と話すのに向いている。夜にならないとつながらない先は番号をメモして新宿から四谷までの会社へ向かう途中に歩きながら電話した。

 

そうして迎えた3ヶ月目の結果発表の朝。ホワイトボードに結果が張り出される直前、僕を睨みつけるような目つきで永井さんがやってきて言った。「よお、天才。お前とは今日でお別れだな。いつでも戻ってこいよ」結果は1098回線。2位の高卒19歳蘭ちゃんとの差はわずか3回線差。ギリギリではあったが1位を取ることができた。

 

すぐに柳瀬さんがやってきて「佐藤くん、おめでとう。お疲れさんだったな」と声をかけてきたが、どんな顔をすれば良いかわからず。「帰ってもいいですか?」とだけ聞いて了承をもらうと、その足でビルを飛び出した。

 

ナインのドアを開けて「おはようございます」と力なく挨拶すると。出かけようとしていた高城社長はすれ違いざまに「おぉ、柳瀬から連絡もらったよ。甘ったるさが抜けて良い顔になったじゃねえか!出かけてくるからちょっと待ってろ!」と笑いながら去って行った。

 

その後、歩み寄ってきた白岩くんの話によるとナインは高卒・未経験で募集しているものの、本当に高卒・未経験が来ると柳瀬さんのところに預けてふるいにかけているとのことだった。ちなみにこれまでに集めた13人は全員1ヶ月待たずに消息を絶ったとのこと。14人目にしてようやく生還者が現れたと驚いていた。

 

午後になって高城社長が帰ってきた。「まさか本当に1位取るとはなぁ。一応10位でも採用にしようと思ってたんだがな。やっぱキツかった?」と気軽に話しかけてくる。

 

僕は「キツイとかそういうレベルじゃないっすね。途中から犯罪者になった気分でしたよ。言い方悪いですけど、あれやってたら人間腐りますよ。合法詐欺じゃないですか。」と返す。

 

「まあそう言うなよ。たしかに詐欺みたいだけどな。お前みたいに叩き上げしか道が残されてないフリーターが一般人以上の金を稼げる場所なんだ。例えるなら、社会のセーフティーネットみたいなもんだな。力さえあれば誰でも這い上がれるって平等だろ。」と高城社長。

 

僕がしばらく黙っていると高城社長は続けた。「まあでもホラ、これ給与明細な。ちょっと弾んでおいたから勘弁しろや」。手渡された明細を見てみると基本給20万円のほかに特別手当で30万円。支給額50万円という見たこともない数字が並んでいた。

 

「え、こんなにもらえるんすか?」と聞き返すと、どうやら僕の営業成績の結果でかなりのお金が入るらしくお裾分けとのことだった。しおらしい言い方だが、自分の成績なのだから満額くれと言いたいところだったが、僕は大人しく言葉を飲み込んだ。

 

「じゃあ、金も入ることだしちょっと出かけるぞ」そう言われて連れて行いかれたのは六本木にある高級マンションの一室。オーダーメイドのスーツ屋だった。「お前はもううちの営業だからな。人は見た目で決まるんだ。営業が安っぽいスーツ着てんじゃねえよ。」と高城社長。言われるままにスーツ屋が僕のサイズを採寸。一言も喋らないうちにグレー・ネイビー・ブラックの3着を購入することになった。

 

「これ全部20万でいいわ。俺が立て替えておくから金入ったら返せよ」と押し付けられ、プレゼントじゃねぇのかよ。と突っ込みたくなったが、高城社長は帰りのタクシーで「これは俺からの入社祝いだ。お下がりだがな」と四角い箱を渡してきた。

 

箱にはHUBLOTと書かれている。腕時計のようだった。聞いたことのないブランドだったが、どうせ安物だろうと思った僕は中身をチラっと確認してカバンに放り込んだ。

 

会社に帰ると社長は「はい、仕事終了〜!今日は詐欺師の歓迎会で〜す!」と徳井さん、早希さん、白岩くんに呼びかける。そして全員揃って近くの高級焼肉店に入った。

 

「詐欺男のおかげで会社に臨時収入が入りますから。今日は好き勝手やっちゃってください!」と高城社長は値段も見ることなく「特上」のついた肉を次々と注文する。怒りを通り越したら腹が減ってきた。

 

酒も進みいつになく上機嫌だった社長が隣の席の女性客をナンパし始めた頃。白岩くんと徳井さんと会社の話をしていて驚いた。実はこのナインという会社。社員数4人ながら月商5000万円というありえない売上を叩き出している広告代理店だったのだ。

 

そのうち4000万円は社長の個人クライアント。利益率が20%だったとしても会社に入ってくる金は月に1000万円を下らない。人件費に家賃、その他経費を差っ引いても相当な額が残る。そんな高城社長は僕と同じ高卒。土方から営業など様々な仕事を経験して26歳でナインを創業したらしい。

 

色んな話をしているうちに僕の話へ。電話営業会社は詐欺のような仕事だったこと。会社に帰るなり連れ出されて20万円分もスーツを買わされたこと。よくわからないお下がりの時計をプレゼントしてもらったことを話した。

 

白岩くんが「お下がりって何?結構良いやつなんじゃないの?」と聞いてくるので、カバンから箱を出して二人に見せる。「HUBLOT。フブロットって読むのかな、これ」。

 

それを見た徳井さんは言った。「佐藤くん、これウブロのビッグバンだよ。えげつないやつ。調べてみな」言われた通り携帯で調べたところその価格に驚いた。129万円。

 

「佐藤くん、相当気に入られたみたいだね」と白岩くん。その向こう側では嫌がる女性を無理やり口説こうと必死になっている高城社長の姿。

 

その腕に巻かれていた時計は盤面に描いてある文字が歪んでいて、フチにはダイヤが敷き詰められていた。ブランドの名はフランク・ミュラー。価格は1200万だそうだ。得体の知れない世界であることは間違いない。自分はどこに向かっているのだろうか。不安でも期待でもなく、そこはかとない何かを僕はビールと一緒に飲み込んだ。

 

続きはこれ〜…

 

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