世捨て人の暮らしぶり

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【ちょっと不思議系】奄美大島のユタ神様に会ってくる話

 

幽霊は見たことがないけど信じる方だし、占いも当たろうが外れようが都合の良いことだけを切り取って明日への糧にするタイプなので、僕はスピリチュアアリズムやシャーマニズムといった類の話が割と好きな方だ。

 

ちなみに今日紹介するのはその昔僕の身に起きたちょっと不思議な話。ブログタイトルにあるユタ神様にまつわる話だ。もし興味があれば読んでいって欲しいのだけど、僕の妄想話だと思って軽い気持ちで読んでもらいたい。信じ過ぎちゃダメよ。

 

本筋の話をする前にユタ神様について紹介しておこう。ユタ神様とは沖縄・奄美に古くから伝わる霊媒師(シャーマン)のことで、他の地方で言えば東北のイタコが有名だろうか。ちなみに僕の母は奄美大島の人で僕の生まれ故郷も奄美大島ということを前情報で伝えておく。

 

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ーーー

 

僕は1歳の頃に病気をした。それは毎日決まった時間になると体に世界地図のようなアザが浮かび関節が腫れて高熱が出るという症状で、大学病院をいくつも回って検査を重ねるも原因は特定できず。

 

数ヶ月ほど経って「たぶんこれ」的な感じでつけられたのが若年性関節リウマチという病名。とはいえどんな治療を施しても症状が改善することはなく、毎日19時から23時のゴールデンタイムになると39度を超える高熱にうなされていたらしい。

 

医者は僕を抱いて診察に訪れた母親に「現段階ですでに脳へのダメージがある可能性は高いです。また症状が治ったとしても若年性関節リウマチの再発率は90%。もし再発したらこの子が普通の生活を送ることは難しいでしょう」と宣告。

 

また当時僕がかかっていた病気はまだ症例が少なく難病指定もされていなかったらしく治療費は莫大。親戚・知り合いに頭を下げ回ってかき集めた治療費は後に難病指定で国から返金されることになったわけだが、当時両親は一家心中を考えるほど追い込まれていたらしい。

 

何をしても打つ手なし。万策尽きた両親の元に入った1本の電話は奄美大島に住む母の兄の奥さんだった。要は母にとっての義理の姉だ。

 

「今から言うことを良く聞いて。できるだけ早く、明日にでもショウタの父方の先祖のお墓参りに行って!必ず、必ず行ってね!」と義姉。

 

憔悴しきっていた母は信頼していた義姉からとあって理由も聞かず「わかった」と藁にもすがる思いで翌日墓参りへ向かった。

 

すると、父方の先祖の墓は全くというほど手入れがされおらず、墓石には雨風によってこびりついた汚れが目立ち、備えてあった花は枯れ果て、中に入っていた骨壷はツタに絡まって割れていた。

 

母は墓の隅々まで綺麗に掃除して新しい骨壷を用意、線香を炊き手を合わせる。帰り道に駅の公衆電話から奄美大島の義姉に電話をかけ、墓が散々な状態だったこと、すべて綺麗にしてお参りしてきたことを報告した。すると義姉は言った。

 

「そう、良かった。あとやることは一つだけ。私の子のTシャツを送るからそれをお墓に供えてきて」

 

母はまた義姉の言う通り、後日墓に出向き送られてきたTシャツを供える。そして病院に戻り、僕の熱が出始める時間に備えた。ところがその日19時になっても熱が出ることはなく、夜中まで付き添っていたが僕は苦しむことなくすやすやと眠っていたそうだ。

 

母は慌てて医者に報告すると医者も驚いていた様子で、症状が治った原因はわからないとのこと。3年間続いた僕の原因不明の高熱はその日を境に現れなくなり、数ヶ月後にはめでたく退院の日を迎えた。

  

「90%再発します、ほぼアウトです」という医師の宣告は性格的にほぼアウトという人間的な意味では半分当たっていたが、肝心の病気が再発することはなかった。

 

小学校低学年までは少しだけ知的障害的な感じで勉強や運動に支障があったけども、大人になった今は普通に生活できている。ちなみに幼かったので僕は病気当時の記憶が一切なく、辛いとか苦しいという思い出すらない。

 

と、この話は僕の実家で昔から語り継がれている漫談なのだが僕は母親から「墓参りに行って原因不明の病気が治る」という意味不明なくだりを占いと教えられて育った。

 

要は義姉が占い好きで当時病気をしていた僕のことを知り合いの占い師に相談し、その占い師からの伝言が「その子は先祖の影響受けやすい体質だから、墓を綺麗にして別の元気な子が身にまとっている服を供えよ」だったということらしい。

 

ところが!

 

先日旅行で行った奄美大島の居酒屋で僕は僕に関する意外な事実を知ることになる。その酒の席に居たのは上記の話で登場した義姉の子ども(Tシャツの子)。つまりは僕の従兄弟にあたる。

 

従兄弟同士久しぶりの再会に酒も進んで盛り上がり誰か呼ぼうという話に。その時、僕は15年前に東京で一時だけ仲の良かった奄美大島出身の女友達のことを思い出した。

 

「こっちに帰ってきてたら面白いよな」とダメもとで電話してみると数コールで出る。近況を伺ってみたところ数年前に奄美大島に帰ってきているということだったので「今から来ないか?」と誘ってみたら見事OK。その子は数十分後に店へやってきた。

 

それからは三人で和気藹々と酒を飲み、話の流れで「俺、昔占いで病気が治ってさ!」という昔話をはじめたところ、話を聞いていた女友達が「それユタ神様じゃない?」と首をかしげた。

 

僕はユタ神様の意味がわからなかったので何それ?と聞き返したが従兄弟は「あ、そうそう。ユタ神様」と普通に答えている。そこで僕は女友達からユタ神様が奄美大島に古くから伝わる霊媒師で今でも多くの島民の相談を受けている存在であることを教えてもらった。ちなみにユタ神様は3人くらい居るらしい。

 

そして、一通り説明を終えると女友達は言った。「そのユタ神様ってたぶん私のおばさんだと思う」

 

え?

 

僕らは少しばかりの不気味さと好奇心を抱いて調査に走った。僕は母親に電話をして謎の占い師の事実を確認。従兄弟も自分の母親に電話をして僕が病気していた当時のことを聞き出す。女の子も親戚中に電話してユタ神様の名前を再確認した。

 

それぞれ調べたユタ神様の名前を「せーの」で言い合おうと僕は合図を出した。

 

「◯◯さん!」

 

完全に一致していた。

 

たった数十分前。今ままで思い出すことなど一切なく完全な思いつきで15年ぶりに再会した友達…の親戚がユタ神様。それが僕の病気を治してくれたかもしれない占い師の正体だと…

 

 これ呼ばれてるやつ!!

  

ということで。女友達の計らいでユタ神様に約束を取り付けてもらい今月26日〜28日にかけて僕は再び奄美大島に行くことにした。

 

ちなみにユタ神様への相談内容は不治の病から結婚式の日取り、子どもの命名、女子高生の恋愛相談まで何でもOKだそう。用意するものは少しばかりの心付け(3000円て聞いた)とお供え物の焼酎のみ。

 

「広末涼子又は石原さとみ又は新垣結衣又は戸田恵梨香もしくはその全員とズブズブに恋をして、ボロ雑巾のように捨てられるためには何をしたら良いですか?」という主体的快楽に満ちたけしからん相談をしてみたいけども…とりあえず。

 

ありがとう

 

の気持ちを伝えたい。ユタ神様が僕の病気を治してくれたかどうかは判別しようがないけども、とりあえず「ありがとうございました。おかげさまで愉快な人生になりました」と一言お礼を言いたい。 

 

ユタ神様に会ってきた話は出せそうな内容であれば12月初旬にブログに書くので、興味のある人は読んでいってほしい。

 

P,S 僕の病気の話は今年還暦かつド天然の母によるうろ覚えの記憶がソースになっているため事実と異なる場合があります。予めごめんな。

 

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