世捨て人の暮らしぶり

自営業でコピーライターやってるよ。東京と静岡に住んでるよ。ドラムを叩くよ。面白そうな書き仕事なら世界中どこでも行くよ。Twitterは(@mush_me)、Instagramは(chappy__0927)、その他の連絡は→shotasato4@gmail.com だ!

また明日

バンドマンシリーズ最終回。高校時代、クールと孤独を履き違えて友達が一人もできなかった僕は、バンドマン時代も努力と苦労を履き違えるという痛恨のミスを犯しました。二度釣られる魚の気持ちがわかる男、佐藤です。

 

ライブハウスで無数に貼られているバンドステッカーの裏にこんな物語があったりするのね的な感じでバンドマンシリーズ、いかがでしょうか。

 

1回目

 

2回目

 

3回目

 

4回目

 

5回目

 

6回目

 

7回目

 

8回目

 

9回目

  

10回目

 

11回目

 

 

倉庫作業の日雇いアルバイトへ向かうため、アパートを出たのは午前7時。どんよりと曇った空の下を歩き、冬の気配をすぐそこに感じながら電車を乗り継いでお台場へと向かう。

 

作業員を現場へ運ぶためのバスの乗って目に入ったのは、カサついた肌に白髪混じりの髭をたくわえ、生命を維持するために安いパンを頬張る初老の男性。ビジネススーツに身を包み、残り少なくなった毛髪をムースで固め、緊張した面持ちで席に座っている中年男性は、リストラを家族に言い出せずにいたのかもしれない。

 

作業ユニフォームが支給されているわけでもないのに、作業員たちの服装は地味でくすんだ色合いが多く、その様は作業員それぞれが抱えるねずみ色の暮らしぶりを連想させた。ご多分に漏れず僕が着ていたパーカーの色もグレーだったが、心の中では若さだけを武器に一人抗った。

 

交通費を差し引いて6750円の日銭を受け取ることが目的だから、名前ではなく番号で呼ばれることに僕は何の抵抗も示さなかった。しかしながら、父親と同い年ほどの男性が、社会に出たばかりの若僧に番号で呼ばれ、ゴミやらカスやらと罵られながら額に汗して働く姿は、決して眺めの良い景色ではなかった。

 

労働を終えて手にした封筒を二つ折りにしてジーンズの左ポケットへ詰め込み、足早に駅へと向かう。中野駅で降りてメンバーが乗ってきた車から楽器を下ろし、中野サンプラザ地下にあるスタジオに入った。

 

疲れ切った体に止まるアイデア。会話らしき言葉が交わされることはなくコミュニケーションはスティックとスティックがぶつかる乾いた音のみ。ホワイトボードに書いたセットリストをなぞるだけの無意味な2時間が過ぎた。

 

誰もいない部屋へ戻れば電気をつけることさえ億劫で、暗闇の中で服を脱ぎ投げ捨てシャワーを浴びてベッドに横たわる。ふかしたタバコの葉っぱがクスクスと燃え、やや湿った音は心地良く、数時間後やってくる大阪行きの迎えの車をうつらうつらと待った。

 

大阪でのライブは客入りもよく物販も売れて黒字が出た。しかし、客前で振りまく笑顔とは裏腹に帰りの車内は見事なまでの沈黙。深夜の名神高速をしばらく走っていると助手席にいたたまじさんが「チャッピー、次のサービスエリアで休憩しようか」と含みをもたせて提案してきた。

 

寝ていたマッカス、エウヴィスを起こし全員で車を降りて大津サービスエリアのフードコート前にある椅子に座り、紙コップに注がれた無料のお茶を啜りならが深夜のミーティングがはじまった。

 

「今後のことだけどさ…今年は結構動いたし次のツアー終わったらちょっとペース落としてゆっくり曲でも作ろうか」とたまじさんが切り出す。「俺らにゆっくりやってる余裕なんかないでしょ」と僕は食い気味に遮った。

 

マッカスは「このまま全国をライブで回り続けて死ねたら最高だけどさ、このままじゃ誰かの人生終わってもおかしくないよな」と言ったが、僕は「終わってもないのに終わりを気にする余裕があるってことはまだまだいけるってことだよ」と跳ね除けた。

 

たまじさんとマッカスは目を合わせクスっと含み笑いをしながら「じゃあお前はどうしたいんだよ」と迫る。「100本ライブやっても皆生きてるんだから次は200本だよ。レーベルも中国ツアー組めるって言ってたし海外行ってみてもいいし」と返した。

 

「そりゃ無理だろ、そんなの確実に全員アウトだよ」とたまじさんは笑った。「そもそもアウトになって終われるなら本望でしょ。人生かけてやろうって誘っといて今になって何をビビってんのよ」と言うとたまじさんは呆れ顔で黙った。

 

「チャッピーの言うこともわかるけどさ、俺は売れるよりもずっと続けることが大事なんじゃないかと思うよ」とマッカス。それでも僕は「それならドラムは俺じゃない奴を探した方がいいよ、俺は一生ダラダラ底辺バンドやってられないわ」と突き返す。

 

たまじさんは「それがお前の成長かもしれないけどな。正直、話にならねぇ」と吐き捨ててその場を去り、僕らもつられて車に戻った。エウヴィスは会話に参加するフリをしながら眠気と戦うことに精一杯で、いつものように最後まで何も語ることはなかった。

 

刻一刻とツアーの日は近づき、2日後には再び東京を出る。僕は日雇いの仕事で少しずつ貯めた小銭をかき集めベッドの上に並べて、帰ってくる頃の生活への被害は電気とガスが止まる程度という苦し紛れの算段をつけた。

 

21時、部屋の薄いドアをコンコンと叩く音が聞こえた。ドアを開けてみるとそこには仕事帰りの裕子が立っていた。1ヶ月ぶりに会った裕子は少し痩せたように見え、ここを出た後に買ったであろう淡いピンクのコートが別人のような雰囲気を漂わせていた。

 

「明後日からまたツアーかなと思って…荷物取りに来た!」と裕子。「おぉ、入れよ」と部屋に通し、僕は無言でベッドに戻って両手で顔を覆い金策を練るフリをしながら「おい、そこのバンドマン!」といういつものツッコミを待った。

 

ツッコミに備えストンとオチのつく貧乏話を用意し裕子の笑顔を想像していたがいつまで経っても声は聞こえてこなかった。僕は顔を覆っていた両手を外し、カチャカチャとCDの棚を整理する裕子に目をやった。

 

裕子が「これ!持って行っていい?」と振り返って見せたのは裕子が買ってきたクラムボンのシカゴ。浜崎あゆみが好きだった裕子と洋楽かぶれだった僕が唯一共通して聴くことができたCDだ。

 

「ん、いいよ」と答えると「これは?」と再び見せてきたのが僕が買ったWeezerのGreen Album。洋楽に興味のない裕子だがIsland In The Sunだけは気に入ったらしい。迷ったが「あ〜、いいよ」と許した。

 

それ以降も部屋をゴソゴソと探し回っている裕子。「もうそんなに荷物ないんじゃないの?」と話しかけると、裕子は僕に背を向けたまま言った。「そうなんだけどね。でもここに来るのは今日で最後にしようと思うから」。

 

心臓がドクンと大きく1つ脈打った衝撃で呼吸が止まっていることに僕は気づいた。「ん?」と聞こえてないフリをすると、裕子はまだ振り返らずに言った「本当はずっと一緒に居たかったんだけどね」。悔しさが滲んだその声色に僕は目を泳がせ「そっか…」と口を尖らせたまま呟くことしかできなかった。

 

「バンドマンでもフリーターでも何でも良かったんだよ」と背中越しの笑顔で裕子は話を続けた。僕は「そっか…」と続けて相槌を打った。

 

「高校生の時のまんまなんだけどな」と過去を振り返る頃には肩が震えていて「でも7年も経ったらお互い大人になるのは当たり前だしね」と言葉に詰まる。「ここから先は…もう…一緒には…居られないんだよ」と、最後に絞り出した声は一人抱え込んだ挙句、行き場を失った悲しみのそれを帯びていた。

 

何か気の利いた言葉をと僕は小刻みに何度か頷きながら足りない頭で探したが、中途半端な未来の約束の他に思いつくことなどなく、差し出した右手はだらりと不甲斐ない。

 

「もう!それバンドマンの挨拶じゃん!」と笑いながら鼻を赤くした裕子は僕の手を取る。寄り添った裕子からは外から連れてきたであろう小忙しい街の匂いと、この部屋にはない、新しい柔軟剤の香りが漂っていた。

 

荷物をまとめ終えた裕子は「じゃあ、行くね」とベッドに横たわっていた僕の足を遠慮がちにつついた。僕は起き上がり「荷物あるし駅まで送っていくよ」というと「あ〜、大丈夫!玄関でいいよ。青梅街道からタクシー乗っちゃうから」と裕子。

 

僕は青梅街道まで持とうと裕子の荷物を持ったが「ここでいい!」と裕子は頑なに拒んだ。いつものように身支度を済ませブーツを履き「じゃあね」の声が重なりお互いに手を振る。開け放ったドアはいつもより戻りが早く、裕子の姿を徐々に隠していった。

 

直前に交わした言葉が「いってきます」でないことを除けば、それは日常のやりとりそのものだったが、僕は建てつけの悪さから枠に引っかかってしまったドアをいつまでもガチャンと閉めきれずにいた。

 

ーーー

 

2日後、3rd CDのリリース日を迎え、僕は何事もなかったかのように機材車へ乗り込み東名高速をひたすら西へ。過去2回のドサ廻りが実を結び、今回のツアーからはどこのライブハウスを回っても客席はそこそこに埋まっていた。

 

会場やCDショップの売上も過去最高を記録。昼間はCDショップへの挨拶廻り、午後はリハーサルをしてライブ本番。終演後に客と戯れた後はイベントの打ち上げに顔を出し、終われば車に帰って沈むように寝ては移動する日々を繰り返した。

 

セールスが好調だったため、かねてから持ち上がっていた海外ツアーの企画もレーベルを通じて動き出し、次回作からはレーベルが予算をかけて僕らをマネジメントするという話も進み始めていた。

 

ただ周りの評判とは裏腹に充実感や満足感といった類の感情に浸るれるほどの余裕は僕らに残っておらず。その身はもはや「売れたい」などという実体のない希望的観測ではなく、毎月確実にやってくる返済日への怯えと、常に今を超える出来と成長を記録し続けなくてはならないという焦燥によって支えられていた。

 

ツアーは東名阪から中国地方を抜けて九州。折り返しは山陰から関西を経由して北陸へと一心不乱に駆け抜けて東北地方をまわる。仙台でのライブ後、帰り支度をしているとたまじさんは話があると勾当台公園にあるステージ前に僕を呼び出した。うっすらと外灯に照らされたベンチに座りたまじさんは言った。

 

「いきなり悪いな。いやさ、この先のことをまずはお前と話しておこうと思ってな。エウヴィスとマッカスはどちらにしても乗るから。俺らで決めて話せばいいよ。お前はこの先どうしたいと思ってる?」

 

僕は答えた。「レーベルからお金だって出るみたいだし、来年もう一度勝負かけてみたいと思ってるよ。あと1年乗り切れば何とかなると思ってるよ。」

 

「そうか、それもアリっちゃアリだな。でもお前知ってるか?エウヴィス、金なさすぎてもう家も無いんだぜ?マッカスはだいぶ前に家引き払って変な女のところに転がり込んでるよ」とたまじさん。はじめて聞く話だった。

 

たまじさんは続ける。「俺もな実は3ヶ月前から家賃滞納しててさ、退去勧告スルーしてツアー出てきたんだわ。帰ったらどうなってるか楽しみだぜ。お前だって結構焦げてんじゃないのか?」僕は持っていた3社分のカードが限度額に達し借金不可能の状態であることを話し、たまじさんは小さく頷いてさらに続けた。

 

「俺の正直な意見はここで一旦ストップだけど、一番年下でクソ下手だったお前がその状態でやろうって言うんだったら俺だって引き下がりたくはないな。チャッピー、そしたらお前の意向通りにやる代わりに一つだけ俺の条件を飲め」

 

たまじさんの出した条件はこれまで僕が担当してきたライブブッキングやレーベルとの窓口など裏方仕事をたまじさんに譲るということ、そして僕は空いた時間に練習でも仕事でも好きなことをやるという内容だった。

 

その思惑は僕の負担を減らしてバンドメンバー全員が良い人間関係を築けるようにすることだとたまじさんは語った。僕はわかったと頷き、たまじさんと一緒に車へ戻った。

 

帰り際、たまじさんは言った。「チャッピー、お前はあの頃と比べて想像つかないくらい上手くなったよ。何も言わないけど俺ら全員、お前がドラマーで良かったって思うこと結構あったりするぞ。俺はお前と組んで正解だったと思ってるよ。」

 

意思に反して緩んだ僕の心は真顔を保てず、僕は怒るでも笑うでもなくどちらかというと困惑に寄せた顔つきで「あぁ、うん」と漏らす。たまじさんはそれを察したのか、握手を交わした後に僕の背中を強く叩いた。

 

ツアーは佳境へ。東北から南下して甲信越・関東地方をまわり、今年100本目となるツアーファイナルのワンマンライブを迎えた。たまじさんと話をして以降、メンバー間には会話が戻りはじめ、ワンマンのリハーサル中にはMCを繋ぐためのインストを即興で演奏しながら無邪気に音を重ねて遊んだ。

 

本番はこれまでに感じたことがないくらい高揚感に包まれていた。演奏中はメンバー全員が何度も目を合わせ笑い合う。満員の客席は異様な盛り上がりを見せていて、薄くなっていく酸素すら気にならず。僕はステージの垣根を飛び越えてフロアと一体になる不思議な感覚を味わった。

 

2回目のアンコールでは全員で色違いのバンドTシャツを着用。僕がステージへ出ようとすると「おい!チャッピー待て、こっちこい」とたまじさんの声。全員が輪になって集まると「今日はめちゃくちゃ良いライブだな〜!」とたまじさんは満面の笑みで言い、右手をエウヴィスの肩へ。

 

エウヴィスは照れ笑いを隠すようにサングラスをかけて頷き、無言でマッカスの肩に右手をかける。マッカスは「長かったな、もうビール飲みてぇ!」言いながら僕の肩を取り「まだ終わってないから!」とツッコみながら僕はたまじさんの肩に手を回した。

 

そのままの勢いでステージに上がる。ラストは僕たちがはじめてのスタジオで音を合わせた際、出来の良さから1st CDのリードとした曲を演奏した。視界にあるのは沸き上ったフロアと全力で歌い奏でるメンバーの背中。僕はその景色を焼きつけるため、静かに目を瞑った。

 

ライブ後はお客さんを送り出し打ち上げへ向かうが、全員が疲れ切っていたため早めの解散。別れ際「とりあえず来週、いつものとこ集まってミーティングでもするか」とたまじさんは言い、全員が帰路に着いた。

 

水曜日、約束の17時。若林にある環七沿いのガストに着いたのは定刻通りだ。ふと店内をみると、限りなく時間にルーズな僕以外の3人がすでにテーブルに揃っていた。

 

「お疲れ〜」といつものように気だるい挨拶を交わし、メンバー同士の何気ない談笑がはじまる。しかし、いつも通り会話をしているはずなのにマッカスとエウヴィスの様子がどこかおかしい。僕と話しているはずなのに時折たまじさんの方に目をやる二人。

 

小一時間ほど過ぎて会話がひと段落した頃、たまじさんが沈黙を破った。

 

「チャッピー、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」悪いニュースであることは容易に想像できた。「何?またレーベル系?」僕がそう尋ねると、たまじさんは僕の目を見て真面目な顔で言った。

 

「DRAWSはこの間のライブをもって解散だ」

 

僕はその意味をすぐに理解できず、たまじさんから視線を外し考える。起きた状況を把握する頃には、頬杖をついた手の先が小刻みに震えていた。

 

「騙すような形になってしまって申し訳ない。でも、もう決まったことなんだ」とたまじさんは続けた。マッカスとエウヴィスはおそらく事前にこのことを知っていたのだろう。驚いている様子は皆無だった。

 

腹の底から笑いが込み上げてきた。「なんで?」と僕はハッハッハッと肺から漏れる息を抑えこみながら聞いた。

 

「このままの状態でバンドを続けるのは不可能だからだ。来年どうなろうが結果を持たずに全員終わるのは明白だ」とたまじさんは答えた。

 

ただただ笑いが止まらなかった。夕食時の店内で客の視線が一気に集まったがそんなことはどうでもよかった。押し黙った3人を前に僕はテーブルを叩いて呼吸困難になるくらい一人で笑い転げた。

 

笑いが落ち着くと自分の顔からスッと表情が消えていく。次の瞬間、濁流のように押し寄せてきた感情は怒りのように明らかなものではなく、僕はどす黒い何かを喉元から吐き出すように「何でお前が決めるんだよ」とくぐもった声で凄んだ。

 

たまじさんは淡々と答えた「俺がお前を、それからマッカス、エウヴィスを誘ったからだ。全員で話して決めたかったがこんな形になったこと、本当に申し訳なく思ってる。人としての生活が崩壊していく中でこれ以上続ける度胸が俺にはなかった。すまん。」

 

僕はタバコを咥えて黙った。たまじさんは話を続けた。僕が冷静に話せる状態ではなかったため、悩んだ末に強引に決めてしまったこと。裏方仕事を代わったのはツアー後の予定をキャンセルするためだったこと。僕と裕子が別れた翌日、裕子からたまじさんに連絡があり僕を止めて欲しいと頼まれていたこと。マッカス、エウヴィスにはツアー中に合意をもらっていたこと。

 

たまじさんが一通りの話を終えた頃、僕はテーブルの上に置いたタバコと携帯をジーンズのポケットへ乱暴に突っ込み、そのまま立ち去ろうとした。すると、たまじさんは僕を呼び止めて言った。

 

「チャッピー、ありがとうな。俺はお前と組んでなかったらここまですら来れなかったし、その辺で適当なバンドマンやってたと思う。それから、俺はお前の努力を本当に尊敬してる。お前はきっと、今よりもっと凄い奴になれると信じてるよ」

 

背中に向かって発せられたたまじさんの言葉を振り払い、僕はその場を後にした。店を出てから環七をひたすら北へ歩き高円寺へと向かった。その足取りはふわふわと浮いているように軽い。さして気分は悪くないが、帰ったら何をしようなどと考えられるほど楽観的でもなかった。

 

宮前橋からふらふらと坂を登って新代田を過ぎる。斜に構えて無気力だった大学時代、ライブハウスでの挫折、メンバー募集のチラシを貼り歩いた夜。歩みを進めるに連れてここ数年の思い出が浮かんでは消えていった。

 

甲州街道を渡って方南町を越える。はじめてできたファンの子、試聴機に入ったCD、客が2人しかいなかったツアー先のライブ、ガス欠に怯えた深夜の山道、満員御礼のワンマンライブ。

 

思い出巡りにも飽きた頃、誰かと話したいという猛烈な欲求に駆られ、手にした携帯の着信履歴から探していたのは、そこにあるはずのない裕子の名前だった。詰まるところ女に頼りきっていたのかと思うと情けなさにまた笑いが込み上げてきた。

 

部屋に着いて隅に座り込む。目に入ってきたのは冷蔵庫に貼られた可愛らしい犬のマグネット、キッチンには調味料を整頓するためのラックと大量のタッパーが積まれていて、テレビ台には裕子が忘れていったであろうウサギやクマの小物雑貨。吊るしてあったホワイトボードの字は消されていたが、うっすらといつしかの献立が滲んでいた。

 

僕はずっとそこにあったにも関わらずそれらが目に入っていなかったことに驚き、またこの上なく滑稽に思えて「そりゃいなくなるわな」と独り言。目を伏せるように転がったベッドでいつしか眠り、悪夢にうなされて目覚めたのは午前0時だった。

 

部屋の静けさが悪夢の余韻を煽る。僕はその場に居られずプレイヤーに適当なCDを入れてイヤホンを耳へ放り込み、人で賑わう高円寺駅を目指して足早に家を出た。

 

高円寺駅前ではそこらのライブハウスで中指を立て、ひとしきり叫び終えたカラフルなパンクスがコンビニの灯りに群がり缶ビールを喰らって道端で眠る。僕は駅前から伸びる大通りの縁石に腰掛け、ボブ・ディランをBGMにそれを見ていた。

 

パリッとした会社員カップルがコンビニの前を通り、振り向き囁き合っては家路を急ぐ。男は「あれ、高円寺名物だから」女は「え、やば〜い」と僕は二人の会話を勝手に想像しながら、会社員どころかバンドマンの肩書きすら失った自分を咎めた。

 

イヤホンから流れてきたのは大好きな「Like a rolling stone」で、僕の手は自然と膝を叩き、踵は地面を踏んだ。沁み入る名曲に心は踊り、当てた8分は心地よく、アイデアはとめどなく溢れ出す。

 

How does it feel!とサビに向けてのフィルをキメ、曲が最高潮の盛り上がる頃に聞こえてきたのは、嗚咽交じりの金切り声。あるはずもないコーラスにボブ・ディランの歌は遮られ、軽快にリズムを刻んでいたはずの僕の手は、もう叩くことのない膝を強く掴んでいた。

 

※0.5割フィクションです

 

Twitterをはじめたのでフォローしてくれると嬉しいです

サトウショウタ (@mush__me) | Twitter

 

Instagramもやってますが写真好きな人ではありません

サトウショウタさん(@chappy__0927) • Instagram写真と動画