世捨て人の暮らしぶり

自営業でコピーライターやってるよ。東京と神奈川と静岡に住んでるよ。ドラムを叩くよ。面白そうな書き仕事なら世界中どこでも行くよ。Twitterは(@mush_me)、Instagramは(chappy__0927)、その他の連絡は→shotasato4@gmail.com だ!

井の中のバンドマン

バンドマンシリーズ4回目。

 

やること無さすぎて死にそうな方は初回からご覧ください。

 

1回目

 

2回目

 

3回目

 

下北沢南口商店街を抜けて三軒茶屋方向へ、代沢小学校を左に折れてしばらく進み車も通れない細い路地を入ったところにたまじさんの住むアパートはあった。見立ては築30年、入り口付近にびっしりと生えたコケが日当たりの悪さを物語っていた。

 

ドアノブをひねってプラスチックのように軽いドアを開けると部屋の向こうから「おう、チャッピーか。入れよ」と声がした。

 

2畳ほどの薄暗いキッチンを抜けて部屋に入ると4.5畳ほどのスペースにベッドが一つ。ブラウン管テレビが収納されているラックには無数のCDが並べられていて、周りを見渡すと名だたるミュージシャンのポスターが壁一面にびっしりと貼られていた。

 

僕は軽く挨拶を済ませて床に座り込み、タバコに火をつけた。「メンバーなんだけどさ、やっぱ俺ら一応ロカビリーバンドじゃん。だからとりあえずはウッドベース。それから凄腕のギターを探そうと思うんだけどどう?」たまじさんは言った。

 

自分たちがロカビリーバンドであることをこの時に初めて知った僕はウッドベースとエレキベースの違いすらわからなかったが、たまじさんは説明が上手な人ではないので「いいんじゃないすか?」と適当に返事を返した。

 

「よし、そうと決まったら早速募集をはじめるか」たまじさんはそう言って、紙とペンを取り出し、手書きでメンバー募集チラシを作り始めた。

 

キュッキュッとペンを走らせ彼は募集文を書き始めた。

 

「ウッドベース&ギター募集!当方、たまじ/ギターボーカル23歳、チャッピー/ドラム20歳の2名。下北、渋谷、新宿を中心に活動予定のロカビリーバンド!好きなアーティストはストレイキャッツ、モトリークルー、アイアンメイデン、レッチリ。プロ志向でバンド中心に生活できる君、一緒にグランドラインを航海してみないか?」

 

ロカビリーバンドと謳いながら好きなアーティストはたまじさんのルーツであるヘビーメタルバンドが半分を占め、プロ志向を名乗るも「グランドライン」というチープな表現がこの上ないアマチュア感を醸し出していた。

 

「どうせ募集は来ないだろう」そう考えていた僕は「いいんじゃない?」と賛同するとたまじさんは嬉しそうな顔をして出かける支度をしながら僕に言った。「よし、じゃあこれコンビニでコピーして今からバラ撒きに行くぞ!」

 

家を出た僕たちは茶沢通り沿いのローソンでチラシを100部コピー。2月の寒空の下、たまじさんのバイクに二人乗りして下北沢、新宿、渋谷へ。街中の音楽スタジオにチラシを貼った。夜の9時から活動してすべてを終えたのは深夜1時。終わる頃には体が芯から冷え切っていたので、帰りに環七のラーメン屋によって二人でラーメンを食べた。

 

「こんなんで本当に募集くるんですかね?」僕はラーメンをすすりながらたまじさんに聞いた。すると彼は「来るか来ないかじゃないんだよ。まずは今やるべきことをやらないとな」と最もらしい話で僕を丸め込んだ。

 

それから数日後、かなりの数の音楽スタジオにチラシを貼ったおかげか、ウッドベース奏者はすぐに見つかった。ロカビリーが大好きでストレイキャッツのリー・ロッカーに憧れてウッドベースをはじめた彼女の名前はゆきの。

 

この春に一流大学を卒業する予定の彼女は僕より2つ年上の22歳。音楽でプロを目指すべく卒業後は一旦フリーターになるということだったが、実は妻子持ちの男と会う時間を確保するためという儚すぎる理由が本当のところ。僕は「こいつは筋金入りだ」と恐れおののいた。

 

ゆきのが色白というだけで、たまじさんは彼女のステージネームを犬用食品「骨っこ」のCMに起用されていた犬「ゴン太」と命名。ゴン太は「彼が行方不明なんです…」と謎のメールを残したまま音信不通になることもあったが、僕らは着々と練習を重ね何とか定期的にライブができるところまでこぎつけた。

 

僕らが出演していたライブハウス主催イベントというのは対外的な見せ方で、その内情はブッキングライブと呼ばれるもの。30分30000円(チケットノルマ1500円×20枚)、高級ソープランドと同等価格の演奏枠を各バンドが買い、それぞれが友達や知り合いなど素人を集め、プロさながらの顔つきで演奏するというシュールなものだった。

 

「ライブ観においでよ」と声をかけて来きてくれる友達は、最初こそ珍しがって来てくれるものの、何度も誘ううちに決まって連絡が途絶える。その理由は至って単純だ。

 

たまの休みという大切な日に数時間の身柄拘束。薄暗い地下室に通されて愛想のない店員に2000円を支払いようやく目にすることができるのは、謎に緊張した友人の姿とプロのソレとはかけ離れた演奏や楽曲。おまけに「カッコ良かったよ」というチップのような一言もカツアゲされる。

 

ようやく終わったと思ったら、間髪入れずに強面お兄さんバンドがステージに登場し帰るタイミングを見失う。初見にも関わらず「お前ら拳あげろ〜!」と客もまばらなフロアに向けてすごい剣幕で身体的動作を要求するのだからたまったものではない。

 

「それでも客を呼ぶのが営業だ」と語るたまじさんの電話帳はプスプスに焦げついていて、僕はその負の連鎖に気づいてから友達を呼ばなくなった。次第に僕らのライブに足を運んでくれるのは裕子とたまじさんの彼女だけになっていった。

 

多くのバンドがそんな状況の中で続けていられるのは、バンドマン同士の馴れ合いに他ならないと僕は思っていた。ましてや客の居ないバンド同士が存在を認め合い、立ち向かうべき苦悩や葛藤を洗い流すように酒を飲む打ち上げという場は、僕にとって苦行でしかなかった。

 

横のつながりがバンドを大きくすると語るたまじさんに半ば強制的に参加させられていた打ち上げでは、客の居ないステージに対する美学や果たされることのない夢が語られ、フリーターであろう名前も聞いたことない先輩バンドが目標として崇め奉られていた。

 

「待って待って、客居ないよね?」という根本の問題には目を向けず繰り返される浮世話に興味を持てなかった僕は、その域を抜け出せない自分たちへの憤りも相まって毎回の打ち上げで終始無言を貫いていたので、友達と呼べる仲間ができることもなかった。

 

一方、ライブハウスでは打ち上げでつながったバンドマンのライブに無料枠を使ってバンドマンが駆けつけ、バンドマンが最前列で盛り上げるという滑稽なブッキングライブが毎夜開催されていたが、100分の1ほどの確率で異彩を放つバンドも存在した。

 

その一つがYellow Studsというバンドだ。楽曲はロカビリーというよりガレージ寄りだったが、ウッドベースを使っていたことからライブハウス側がロカビリーのジャンルにブッキングしたのだろう。

 

その日もフロアに客は10人足らず。僕らがステージを終えてYellow Studsの出番になっても客足が伸びることはなく、最前列にはメンバーの彼女らしき若い女子4〜5名がキャッキャと陣取っているのみだった。

 

見た目はスーツの似合うちょっと怖いお兄さんバンドという印象だった。僕もフロアの隅でタバコを吸いながら「全員男前だな〜」などと悠長に構えていたが、演奏がはじまると、ものの数分でその独特の世界観に引き込まれた。ライブを見終える頃には、同期ながら「こういうバンドが売れるんだろうな」と見上げている自分に気づいた。

 

しかし、意外にも周りに居たバンドマンからは「イケメンバンドだよね」「ミッシェルっぽいよな」などYellow Studsについて良い話を聞くことはなかった。ただ、遠回しに揶揄するその口ぶりは、その感想が嫉妬心からきていることを示していた。

 

終演後にチケットノルマの清算を終えた頃、僕はボーカルの野村太一くんに「お疲れ様です、お世辞抜きでカッコ良かったです」と勇気を振り絞って話かけてみた。すると彼は「ありがとうございます」と丁寧に応えた。

 

よくよく話を聞いてみるとYellow Studsのライブはまだ3回目で太一くん自身もバンドをはじめたばかりとのこと。不思議な雰囲気を纏っていた彼とは妙に馬が合い、僕ははじめてメンバー以外のバンドマンと連絡先を交換した。

 

別日にはMad squallsという強烈な存在感を放つバンドと対バンした。180cmと長身でネイビーブルーのウッドベースをバキバキにスラップをしながら歌うウッドベースボーカル、黒髪リーゼントで痺れるくらいカッコ良いギターリフを弾くギタリスト、全身にタトゥーの入った超強面ドラマーというスリーピースのロカビリーバンドだ。

 

ウッドベースボーカルのマッカスは打ち上げでひたすら酒を飲んで酔っ払い女の子を口説きはじめ、ギターのエウヴィスは部屋に備え付けのカラオケでエルヴィスプレスリーの「Can't Help Falling In Love」を歌いながら、ディナーショーの如く見知らぬ席の人に握手の手を差し出して回る。ドラムのセッツァンはすごい勢いで料理を食べていた。

 

その帰り道、渋谷のスクランブル交差点で事件は起きた。ウッドベースを抱えたマッカスの肩に触れた酔っ払いサラリーマンが「このクソバンドマンが!」と絡んできたのだ。ふと見るとマッカスの目は凍りついたように冷たかったが口元はうっすら笑っていて、「まずい」と察した時にはサラリーマンに殴りかかっていた。

 

般若のデザインが施された指輪をつけたまま殴りかかったため、サラリーマンの目の横はパックリと割れ鮮血が飛び散っていた。その場に居合わせたメンバー全員でマッカスを止め入り、たまじさんが「警察来るぞ!逃げろ!」と呼びかけ、全員がダッシュで駅に向かい電車に乗り込んだ。

 

まるで絵に書いたようなバンドマンのワンシーンに驚いたが、もうあんな危険な輩に会うことはないだろうと僕は帰りの電車の中で落ち着きを取り戻しかけていた。しかし、不運にも右を見るとマッカスらしき男の姿。目を合わすまいと心がけたが向こう側から「おう、チャッピー。どこ住んでんの?」と話しかけてきた。

 

「あ、鷺ノ宮です」と僕は答え「俺東村山だから帰り道全く一緒だな」と彼は返した。血の跡がべったりとついた般若の指輪が目につき、僕は一刻も早くこの場を去りたかったが帰り道が全く一緒であるにもかかわらず、途中で降りたら怪しまれるのではという勘ぐりからその場を離れることができず。最終的には「家近いし今度飲みに行こうぜ」と言われ連絡先の交換も受け入れてしまった。

 

のっぺりとしたバンドから奇想天外なバンドまで数々の出会いに刺激を受けながらその後約1年間、僕らは地道に活動を続けた。すると少ないながらお客さんもついてきて、Yellow StudsとMad squallsにも出演してもらった自主制作音源発売イベントは盛況を収めた。

 

ようやくバンドとして体を成せるようになった僕らだったがある日、ウッドベースを担当してきたゴン太が長かった不倫生活に疲れ果て実家に帰る決意を固めたことで、僕とたまじさんはまたメンバー募集という振り出し地点に戻ることを余儀なくされた。

 

しかし、このタイミングでゴン太が抜けたことによって状況は大きく好転しはじめたのだった。

 

続く

 

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