世捨て人の暮らしぶり

自営業でコピーライターやってるよ。東京と神奈川と静岡に住んでるよ。ドラムを叩くよ。面白そうな書き仕事なら世界中どこでも行くよ。Twitterは(@mush_me)、Instagramは(chappy__0927)、その他の連絡は→shotasato4@gmail.com だ!

この街を出るときが来たようだ

条件に合う物件が見つかり次第、横浜の鶴見を出て中野・高円寺・阿佐ヶ谷あたりの地元へ帰ることにした。「いや、帰れし!」そんな風に思われたって構うものか。

 

自営業の僕は以前からはてなブログに多い意識高めの退職エントリーなるものに憧れていたのだけど、この際だから持てる意識を最大限に高めて退去エントリーなる新しいエントリーをエントリーしてみたいと思うからみんなよろしくな!

 

ーーー

 

保育園に預けていた我が子と手をつなぎ仕事帰りのお母さんは夕陽を背にしてスーパーへ。工場での肉体労働を終えたおじさん達が街中の立ち飲み屋を賑やかす頃、ファミリーレストランでは襟足の長い子どもが、オラついた親に頭を叩かれながらフォークに刺したハンバーグを笑顔でもてあそぶ。人々の暮らした跡が残るこの街鶴見が大好きだ。

 

ほぼ東京でしか暮らしたことのない僕が横浜にやってきたのは2年前。理由は仕事の都合でも気まぐれでもなく、大人によくあるフィーフィーがきっかけだったのだが、そのフィー暮らしはわずか半年で幕を閉じるという鮮烈な武勇伝を残して消えた。

 

当時早々に地元への引き上げも考えたが、僕はせっかく引っ越してきたこの街で何かやり残したことがあるような気がして、新しくマンションを借り一人で鶴見にとどまることを決めた。友達どころか知り合いすら誰も居ない。でもそれくらいが丁度良かった。

 

孤独と向き合う時間が欲しかったから。なんて言えば格好つけた感じになるかもしれないが、それ以外に言葉が見つからないから許してほしい。要は一人になってじっくりとアレを見つけたかった。恋人より友達より家族よりも大切なアレ。その昔たしかに僕も持っていたであろうアレを。

 

ハタチで家を出てからというものバンドをやってはむせび泣き。ビジネスの世界へ飛び込んでは大恥をかいてかけがえないないものまで失った。それでも生きていれば良いことがあるもので、仕事は軌道に乗って明日の三食を心配することはなくなったし、手にした時間を使って好きな場所へも行けるようになった。

 

決して人様に胸を張れる経歴ではないが、僕なりに目標としていたところへは行き着いたのだから満足の一つでも出来たら良かったのに。蓋を開けてみると、望んだはずの満ち足りた暮らしは単なる踊り場でしかなく、思いもよならいほど退屈な場所だった。

 

友達のいる地元に帰れば空虚な僕を受け入れてくれるし、擦り切れた昔話でも落とした一日をチャラにできるよ。ただ残念ながらそれじゃあアレは見つからない気がしたんだ。だから僕は鶴見での一人暮らしの中で再びアレを見つけようと決めていた。

 

幸い時間はあったからこの2年間は重くなった体を引きずりながら色々やらせてもらった。趣味の範囲でいえばサーフィン、陶芸、サッカー、旅行と遊び散らかし、仕事も安いのから高いのまでとにかく選ばず。やって来た話は二つ返事で引き受けた。

 

中にはやりたくないものもたくさんあったが、人間不思議なものでやりたくないことをやり続けていると嫌でもやりたいことの輪郭が浮き彫りになるから面白い。そうして拾ったアレのカケラを煮詰めていったら、今につながるコピーライティング・小説・音楽という三つが残ったというわけだ。

 

いずれもまだ種火でしかないからこれから一生懸命育てていかなければいけないのだけど、2017年は拙いながら全部やらせてもらうことができて。気づけば忘れかけてたアレが心の中に小さく灯っていたのだからあっけない。

 

そのタイミングで迎えた年末年始は地元で過ごす機会が多く、色んな友達に会ってきた。幼馴染は年下彼女の終わらない借金を払い続けている一方、一流大学を出てテレビ局に就職した後輩は家族を持って中野駅近くに立派な一軒家を建てた。

 

昔は黙ってても男が寄ってきていた元バイト先のすべらない女友達は婚活アプリに文句を言っていて、お昼寝アートの写真を見せてくれたクラスのマドンナは水仕事で荒れたその手に確かな幸せを宿していた。そしてとりわけ面白かったのが僕の中の中央線オールスターズ。夢追い人仲間たちだ。

 

昔から僕の人生に様々なきっかけを与えてくれる憧れのピアノマンは渋い顔つきで0か100かの音楽人生に腹を決めていて格好良かったし、頻繁に飲んでは下衆話に花を咲かせているエキセントリック系美人シンガーが積み上げてきた哲学は凄みを帯びてた。

 

最近僕がTwitterを開く度に無意識で探してしまうは音楽家系ギタリストのシュールすぎるツイートだし、40歳までに中田英寿と同じ体を作ると言ってたヴォイストレーナーは会う度に体がゴツくなってる。

 

地元に帰ったとて頻繁に友達と会うかといえば意外とそうでもないんだろう。ましてや、みんなそれぞれの人生を生きているから、仲良く酒を飲む時間があとどれだけ残っているかもわからない。それでもいいじゃないか。探してたものを見つけたから地元に帰りたくなったんだ。

 

以上、年末年始に地元で遊んでたら帰りたくなってきたという35歳独身おじさんの憐憫さをもって、この退去エントリーをエントリーとさせてもらいたい。

 

最後は意識を高めて終えようか。希望の間取りは1LDKか2DKの駐車場付きマンションだ。家賃は高いが寝食のほかに多目的スペースを設けることは自分への投資でもあるし、疲れた体を休めて健康的な生活を送り、モチベーションを宇宙の果てまで高め続け、やりがい溢れる日々を過ごすためには良い設備環境が欠かせない。

 

ちなみに「鶴見の家を出ます」としたこの文章は静岡の別宅で書いていて、中野・阿佐ヶ谷・高円寺が地元と書いているが正確には西武新宿線の方が若干近いからそういうとこあるよな。明日は雪らしい。ピザは頼むなよ。おやすみ。

 

 

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3、仕事はファッション|【私小説】金はあるのか?

僕が飛び出したビジネスの世界では、モテたいがためにファッション感覚で仕事をする若いイケイケお兄さんが結構いたんですよね。そんな中に混じって右往左往した日々はドブさらいをやらされてるかのごとく居心地が悪かったのですが、さらったドブをふるっていったらコピーライティグなんていう素敵な仕事に巡り会えました。そして会社を辞めました。という、一貫して朝令暮改を実践し続けている僕の昔話です。

 

 

 

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 3、仕事はファッション

 

飲みたくもない缶コーヒーを啜り白い息を吐きながら手を温め、恵比寿駅にほど近い小さなオフィスビルの下で約束の10時を待った。一人で挑むはじめての営業先はホームページ制作会社で、詐欺さながらのテレアポトークをもって漕ぎ着けた先だ。

 

「相手の時間を奪うのはマナー違反。早く着いてもインターフォンは約束の時間1分前に鳴らせ」何もしらない僕に社会人のいろはを教えてくれているのは、上司にあたる徳井さん。徳井さんは大学の時に訪問販売のアルバイトでトップセールスマンとなり、その資金で求人フリーペーパーを発行するなど学生起業家として活躍してきた猛者だ。

 

徳井さんの言う通り1分前にインターフォンを鳴らす。怪訝そうな顔つきで出てきた相手はフリーターのようなヨレヨレの服を来た髭面の男だったが、交換した名刺には代表取締役という肩書きが綴られていた。

 

「はい、10分。時間ないから」とフリーター社長が愛想ない一言から商談はスタート。僕は限られた時間で内容を伝えるべく、持ってきた提案書をフリーター社長に差し出して話はじめた。するとフリーター社長は話半分といった態度で提案書をめくり、一通り見終わると僕の話を遮り言った。

 

「で、リスティング広告ってうちの場合どうやるの?」。僕はもらった!という表情を精一杯隠しながら「御社のページを解析した上で広告の初期設定を行い、キーワードを適宜変更し…」と話したところで再び腰を折られる。

 

「いやいや、そんなの知ってるよ。おたくは具体的にどうすんの?って聞いてんの。あと3分」と言うフリーター社長の勢いに押されて、僕はナインで運用しているホームページ制作会社のリスティング広告運用の具体的なノウハウについて話をした。

 

するとフリーター社長は「あ〜、なるほど。そういうやり方があるのね。じゃあそれうちでやるわ、ありがとね。はい、帰っていいよ」と席を立ち、玄関へ向かう。僕が急いで荷物をまとめ後を追うと、フリーター社長は追い出すかのように僕をあしらった。エレベーターに乗って時計を見ると、まだ15分も経っていなかった。

 

ナインに帰ると「そんなクソだせぇペラペラのスーツ来てれば客にもなめられるわな!」と高城社長は不機嫌だった。購入したオーダーメイドのスーツが来るのは三週間先なので仕方ないのだが、僕は「すみません」と機械的に一言詫び二次災害に備えた。

 

それから午前中はテレアポ、午後は営業という流れで2週間ほど過ごすと、営業力もついてきたのか何とか1件の契約が上がることができた。顧客は高田馬場にあるパソコン修理店。だが広告の運用額3万円、ナインの利益はわずか6000円という極小案件だったため、社内には「おめでとう」に先駆けて笑い声が響いた。

 

ある日、契約が伸びないと徳井さんに相談してみたところ「やり方を変えてみれば?別にテレアポじゃなくても契約取れればいんだから、異業種交流会か何か行って約束取り付けて営業したらいいんだよ」とアドバイスをもらう。

 

徳井さんは起業家時代のツテを頼りに紹介伝いで営業を続け、着々と契約を重ね続けているが僕にそんなマネは出来っこない。異業種交流会という響きには宗教勧誘のような怪しいイメージしかなかったが、丁度オーダーメイドのスーツも上がってきた。モノは試しにと行ってみることにした。

 

六本木の交差点から少し入ったところにある小洒落たカフェバーを貸し切って異業種交流会なるものが行われていた。ドアを開けてみると着飾った男女が、気持ち悪いくらい不自然な笑顔を振りまいて名刺交換を行っている。

 

僕と同い年くらいのビジネスマンも多かったことから、あたかも慣れてますといった顔つきで名刺交換にチャレンジしてみたが、もらう名刺は「代表取締役」「執行役員」「事業部長」といったものばかりで怯んだ。社会出て数年でそこまで出世できる強者がを目の前にして、自分のキャリアを恥じたからだ。

 

名刺交換をした際にWeb制作会社を名乗る25歳社長は僕を見て言った。「そうだ、部下も紹介させてください。彼は優秀な男でして、今度一つ事業を任せようと思っているんですよ。何かありましたらお力添えをお願いします」。

 

その25歳社長は高そうなストライプのスーツに身を包み、その後も色んな人に部下を紹介して回っていた。ただ、その様子は少し滑稽にも見えた。年上の部下を優秀と紹介することで、「そんな自分はもっと優秀なんです。25歳で社長ですよ?」と暗に偉ぶっている様が見て取れたからだ。

 

後日、高城社長に「交流会に同じ年の社長がいっぱいいたんですけど、そんなすごい人たちなんですか?」と聞いてみた。すると高城社長はハナで笑った。

 

若者社長の実態は、渋谷がビットバレーと呼ばれた2000年前後のITバブルの残骸らしい。要はバブルで一儲けした凄腕社長連中が税金対策として行った事業分社化によって雇われ社長が一気に増えたという経緯があるみたいだ。

 

「年収4~5百万でも若けりゃ十分。おまけに偉そうな役職ついて名刺切れるんだからファッション感覚で仕事している奴は飛びつくだろうな。中にはキレ者もいるだろうが、大半はお前と変わらんただの若造だ」と高城社長。

 

思い返してみれば、接した社長連中はどこかビジネス本をなぞったようにフワフワとした話しぶりだったし、高城社長や徳井さんの持つ鋭いソレとは似ても似つかない印象が残った。とはいえ社長は社長、少なからず決裁権は持っているはず。

 

そこで僕はある作戦を閃いた。彼らにとってビジネスは大事だが、自己顕示欲を満たしたいという欲求の方が強い。そんな彼らを満たすもの。それはオーナーの元に流れていく金よりも「女」だとアテをつけた。

 

そんな背景から考えついたのが「合コン営業」だ。要は知り合った若い社長や役職者連中へすぐに営業をけしかけるのではなく、合コンをワンクション挟むことで特別感を演出し、受注率を上げようという作戦。僕の感じたことが確かならば、若い社長や役職者連中は必ず落ちるはずだ。

 

それから僕は足繁く異業種交流会に通い、偉ぶる若者の名刺を集められるだけかき集めた。名刺を交換した後に一声かけることも忘れない。「すみません、プライベートの相談なのですが、うちでアルバイトしている女子大生からベンチャー社長を紹介してくれと頼まれてまして。食事会を設けたら来ていただけますか?」断る者はいなかった。

 

あとは女子大生を揃えればいい。ナインへアルバイトで来ていた上智大学の理沙ちゃんに「ベンチャー社長と合コンやるけど友達集められる?」と持ちかけると「奢りならいいですよ〜」とまんざらでもない様子。いざ合コンをセッティングすると社長連中、女子大生ともに楽々人は集まった。

 

女子大生には「来年には社長夫人になってたりして!」と焚き付けておいて、社長連中には露骨に会社を褒めて花を持たせる。僕はピエロを演じて、女子大生と社長の話がうまくつながるようにその場を盛り上げればいい。お開きが近づけば「社長すみません、ちょっと今月成績が厳しくて。明日の午後、営業させてもらってもいいですか?」と耳打ちしてアポを取る。これも断る者はいなかった。

 

実際に営業に行けば「◯◯ちゃんとはどうなったんですか?」とプライベートの話でアイスブレイクをした後はお構いなしにゴリゴリ営業。代理店の乗り換えこそ苦戦したものの、新規の案件はほぼ100%に近い確率で受注に至った。

 

そこからは僕の仕事は合コン幹事がメインに。昼はアルバイトの女子大生とランチに出かける。身銭を切るのはベンチャー社長に当てがう友達を紹介してもらえるからだ。そのうち、社長連中は名刺など集めずとも紹介だけで人を確保できるようになった。夜は週3回ペースで合コンを開催。会が終われば翌日訪問する営業先の資料を朝までに仕上げるべく会社に帰る。

 

こんな生活を3ヶ月も続けるうちに僕の成績はウナギのぼりに増えていった。実績が上がるに連れて腹の底から湧いてくるのはどす黒い自信。ウブロの時計はここぞという時にしかつけなかったが、高い時計をつけているというだけで、相手からの印象は180度と変わる。高城社長が言っていた「人は見た目で判断される」という意味がわかった。

 

同年代のビジネスマンを相手にするのはお手のものだった。年の近い経営陣を営業する際はサービスの説明など後回し。この商談で契約を取った後、僕に入るインセンティブの仕組みを話して「金をくれ」と言わんばかりに荒ぶってみせた。

 

通常なら無礼極まりない話だが、若者社長の目には「こいつは面白い」と映る。なぜなら、型破りを好む単純な性格の持ち主が多いからだ。

 

さらに「金を稼ぎたい」「起業したい」と荒ぶった夢を語る無謀な若者を演じて見せれば、そのうち「お前、うちに来ないか」という話になる。ここまで評判を高められれば合格ライン。人脈を少し突けばザクザクと紹介が溢れるからだ。

 

僕と徳井さん、高城社長によってナインの売上は順調に積み上がり、勢いづいた高城社長は印刷工場を持ち紙媒体を扱う小さな広告代理店を買収。赤字続きで身売りを考えていたところ、経営者を泣かせて安く買い叩いたらしい。

 

買収した会社のクライアントからもインターネット広告運用を受注し、紙媒体も手がけるようになったナインは新規で採用した社員の増加も相まって急拡大。オフィスは四谷三丁目にある小綺麗なビルへと移転した。底辺営業だった僕にも部下がつき、社長得意のどんぶり勘定によって給料はグンと増えた。

 

バンド時代に作った借金を完済が見えた頃、家賃5.5万円の高円寺のアパートを出て中野にある家賃13万の2LDKのマンションに引っ越した。狭い1Kの部屋で暮らした日々の思い出は忙しさに追いやられ、誰かの顔すら色褪せていくのだから悲しくもない。

 

新しい部屋には50型の大きなテレビに革張りのソファ、部屋の照明にも金をかけて車は三菱のレグナムを購入した。どれも欲しかったわけではない。ただ、皆が話すように良いところに住んで美味いものを食べてそれなりに自分を飾り立てれば、ビジネスを自己表現とする人たちの気持ちがわかるような気がしたからだ。

 

しかし、肝心の仕事には飽きはじめていた。誘われるを飲み会に顔を出してさえいれば、紹介をもらえるからそのうち合コン営業などする必要なくなった。紹介による営業はほぼ100%の確率で契約が決まるのだから大した苦労もない。

 

「あの人は営業が強い弱い」などと戦闘力のように例えて受注一つに一喜一憂している学生ノリで営業するメンバーのマネジメントには興味が持てず。見かねた僕は「営業は独立採算制にしましょう!」と社長に直談判するが、急成長に伴い組織化を進めていたナインでその話は通らなかった。

 

それでも食い下がってみると「じゃあ、違う仕事してみろ」とマネージャー職を外され、営業から広告運用まですべて自分で行うという誰の管理下にもない何でも屋のような仕事を任された。

 

相変わらず社内はわいわいがやがやと大学みたいな雰囲気。高城社長もそんな若いビジネスマンの統制を取るべく、飲み会や部活動などレクリエーションを取り入れ社員の定着と能力の均一化に努めていた。

 

そんな中僕は営業の傍、リスティング広告のキーワードや広告文の作成、バナー広告やWebサイトのコピーライティングなど社内のWebデザイナーと協業して制作の仕事をするようになった。

 

たった数文字変えるだけで反応が数倍にも膨らむコピーライティングの仕事はとても刺激的だったし、何よりインターネットを介してモノが売れていく仕組みが面白くてたまらなかった。それからは国内外のマーケティングやコピーライティングの本を読み漁り、朝から晩まで広告をイジくり倒した。

 

自分の作ったWebサイトへ広告を使って大量のアクセスを流し込む。数日経って解析すると1000人に10人しか買わなかったページが、文章の構成や言い回しを変えるだけで5倍以上にも脹れ上がる。こんなに楽しい仕事はないと思った。

 

とりわけ面白かったのが読者の心理状態を想定しながら相手を口説いていくように作るセールスコピーと呼ばれるものだ。自分の作った文章がきっかけでモノが大量に売れていくと、営業で大きな契約をまとめた時のように脳みそがトロける多幸感を味わえた。

 

とはいえお祭り騒ぎが続き危機感のない社内の居心地はすこぶる悪く、組織化によって生まれるルールの数々に僕は馴染めず。人も増えて高城社長とも話をしなくなると会社への興味も失せ「自分でやった方が儲かるよなと」と独立思考に切り替わった。

 

それからは独立を視野に入れながら始発で会社へ行き提案書を作って昼間は営業。夕方返ってきて朝方まで広告を作るなど黙々と仕事をこなしてスキルを磨く。一通り準備が整うと社長室へ出向き、独立しますと理由を述べて辞表を提出。「そう甘くないぞ」という高城社長の言葉を振り切って会社を後にした。

 

こうして1年足らずで僕の正社員生活は終わりを迎えた。耳鳴りがするような会社の閉塞感から解き放たれた僕の心は清々しく晴れ渡っていて、これから何をしてやろうかなどと不確かな未来に想いを馳せた。

 

続け…

 

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2、嘘つきは営業のはじまり|【私小説】金はあるのか?

営業は素晴らしい仕事だし、嘘なんてつかずにキッチリやってる優秀な人はたくさんいるわけなんだけども僕が放り込まれた世界はちょっとアレなところでしたので「嘘つきは営業のはじまり」というタイトルにしてみました。ファーストキスがいちご味なら、僕のファーストビジネスは鉄の味でしたね。うん、思い返せばこれも青春だ〜。

 

 

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2、嘘つきは営業のはじまり

 

折りたたみ式の長机前に並ぶ冷えたパイプ椅子に座ると、「一通り悪いことはしてきました、はい」と言わんばかりに荒ぶった顔つきに坊主頭の椎名さんが、これから電話で販売する商材の説明をはじめた。

 

とはいえ、1時間の研修で商材の説明に割いた時間はわずか10分。内容は客が使っている電話回線をこちらが売り込む回線に切り替えさせるというもので、それを電話と申込書の郵送やり取りだけで完結させるとのことだった。

 

その他50分は「客をいかにして勘違いさせるかが重要だ」「申込を取るためなら客とはいくらも揉めても構わない」など、戦場を生き抜くためのありがたいアドバイス。僕は一瞬にしてマフィア入りを果たした。

 

椎名さんは僕の開いた口を塞ぐように「要は根性だ。グッドラック」と親指を立て、席へと送り出すがその様はビックリするくらいキャラとのミスマッチを引き起こしていた。

 

僕が案内された席は今しがた、おじさんの胸ぐらを掴んで凄んだホスト風のチームリーダー永井さんのシマだ。来客もなければ営業にもいかないのにギラギラのドレススーツに身を包み、枝垂れた茶髪が形どる頭は旬を過ぎたパイナップルそのものだ。

 

シド・ヴィシャスをリスペクトする若いパンクバンドの方がまだマシなファッションだったが、10名の部下が必死に電話かけている中、机に足を投げ出してEXILEの新譜歌詞カードに見入り口元を動かしているのだから、さぞやり手のビジネスマンなのだろう。

 

胸ぐらを掴まれて半泣きだったおじさん遠藤さんは、永井さんの部下で僕の向かいで電話をかけている。赤くなった首元が痛々しい。前髪の後退によって幅を利かせた額にうっすらと浮かぶ汗。

 

眉間にシワを寄せながら、電話では伝わるはずもないのに繰り返す「通話料が安くなるんです!」という手振りは彼の力量を表しているのだろうか。受話器を握った左手の薬指には、くすんだ色のシルバーリング。年の頃を考えれば大学生の子どもがいたっておかしくはない。

 

もし遠藤さんが僕の父だったなら、この姿を見たとしても「僕のお父さんは世界で一番強いんだ」と胸を張って言ってやりたい。言ってやりたい。などと余計なことを考えていると電話を終えた遠藤さんが僕に軽く会釈をしてくれた。

 

永井さんの怒号が飛ぶ「おい、新人!さっさとかけろ!」。僕はその声に背中を押されるようにイソイソと番号をダイヤルし受話器を耳に当てた。「私◯◯の代理店、株式会社カットラインの佐藤と申しますが」ガチャ。「私◯◯の代理店の…」ガチャ。数十件かけるもガチャきり。良くても「社長いません」の一言で切られてしまう始末だ。

 

ため息を一つついてオフィスに並べられたホワイトボードに目をやる。そこには名前とともに全員の営業成績が正の字で書き込まれていて、契約が取れていない人の欄には死という赤いマグネットが貼られていた。初日の僕とて「佐藤(死)」と例外ではない。

 

二日目になってようやく1件の契約が取れたが獲得できた電話回線はたったの2回線。トップを取って人間界に返り咲くには一月で1000回線ほど獲得しなければならない。途方に暮れたかったがそんな暇はない。僕は黙々と電話をかけた。

 

取れない日が3日も続けば永井さんは僕の胸ぐらを掴んで持ち上げ、左頰めがけて右拳を振り抜く。罵声とともにだ。しかし、僕だけではないから永井さんは平等だ。

 

口の中に広がる鉄の味にも慣れてくると「殴るのは良いけどYシャツのボタンが飛ぶから、胸ぐらだけは掴むのをやめてもらえませんか?」と冷静を装うのはかすかな抵抗。怯えの色は隠せていなかったかもしれない。

 

とはいえ肝心の成績は振るわず。初月を終えた結果は24回線で200人中150位という成績。あと2ヶ月で149人も抜かさなければならない。ちなみに遠藤さんは179位だ。

 

永井さんチームの成績は僕や遠藤さんが足を引っ張り振るわず。そうなれば永井さんとて例外ではない。上司に当たるGMの柳瀬さんが、永井さんの腹にジャンピングニーを見舞うとパイナップルが地面にゴロゴロと転がった。

 

暴力と恐怖が支配する世紀末のような会社だったが、成績の良い人への待遇はこの上なく厚い。1位を取れば基本給とインセンティブを含めて100万円以上が支払われることはザラだし、遅刻しようが早く帰ろうが文句一つ言われることはない。

 

そんな出来る人たちの呼び名は「天才!」と安易な名前で統一されており、19歳高卒女子、蘭ちゃんが1位を1年間キープし続けているのだから本当に世紀末だ。

 

腹に手をあてがいながら永井さんが席に戻ってくると「集合!」と全員を呼びつける。電話中の人が「ちょっと待ってください」の合図で手をあげるも、イラついている永井さんは椅子を蹴飛ばし転ばせて強引に電話を切らせた。

 

「今月の目標伝える。一人最低50件の客と揉めろ。強引にでも申込書回収してキャリアにブチ込めば会社が責任持つんだから。お前らはどんな手使ってもいいんだ。必ず数字を持ってこい」

 

揉めて裁判沙汰になったら不利という安い常識は通じない。電話回線の切り替えに成功すれば、この会社にはキャリアから1回線あたり数万円の営業代行料が支払われる。裁判沙汰に発展したところで争う金額はたかだか数十万。手間を考えて泣き寝入りする客がほとんど。仮に負けたとしてもキャリアから受け取る報酬の方が大きいわけだから痛くもかゆくもないという理屈だ。もちろんキャリアはそんな実情を知る由も無い。

 

「仕事をするからには人に喜ばれたい。やりがいのある仕事がしたい」と思っていた。ただ学もない、手に職もない、世間も知らない無謀な状態で社会に飛び出した僕は、そんな悠長なことをいっていられる身分にはないということにようやく気がついた。

 

もう辞めたっていい。このまま電車に乗ってどこかのライブハウスに行けば、勝手知ったる仲間が今日も演奏してるんだ。「いやぁ、俺も落ち着いたよ」なんて酒片手にホラでも吹けばいくらかは救われる。

 

しかし、毎日人格どころか存在ごと否定されているうちに物事の善悪や幸不幸について思考する力はもう残ってはいなかった。気づけば、僕は死ぬほど戻りたくないはずの席にまるで何事もなかったのように腰を下ろしていた。

 

頭の中に残っていた「客と揉めろ、契約を取れ」という任務の遂行を妨げていたのはもはや正しいのかもわからない善人モラル。肉体と精神が疲弊しきってそれを持ち続けることすら億劫になると、頭の中がスーっと軽くなり遠のいていた意識がハッキリと戻っていくのがわかった。

 

頭はこれまでないほどに冴え渡る。試しに電話をかけてみると断られたところで何も感じない。電話口の相手がモノのように思えて、どのようにけしかければ相手が動くのかを合理的かつ機械的に考えるようになった。

 

それからは破壊衝動にも似た邪な情動に身を任せることが心地よく、数字を重ねるために朝から晩までパソコンと電話の前に張りついた。就業時間の2時間前に会社へ行き、市役所・官公庁・銀行・農協など。電話回線を多く持つ会社を手当たり次第リストアップ。

 

営業がはじまると勢い良く電話をかける。売り込みはしない。「来月から通話料下がるんですけど、どちら様にお話すれば良いですか?」と、決済者の名前と在社時間だけ聞いて話を終えるのだ。

 

あとは再び電話をかけて「佐藤ですけど、◯◯さんいます?」と親戚さながらの口調で電話をかける。つながれば「通話料下がりますので書類にサインして◯日までに返送してください」とだけ要件を伝えて電話を切る。話す内容など関係ない。「もう決まったことですよ」と抑揚をもって伝えるだけで良いのだ。

 

100件の見込みに電話し続ければ70件名前が聞けて50件決済者と話せる。そこから25件に承諾をもらって申込書を送る。電話回線が他社に切り替わるのだと気づいてストップする者はそのうち15件。それでも10件近い申込書が返ってきた。そこから5件が揉め事に発展するがその鎮火は永井さんの仕事だから僕には関係ない。

 

この作業を淡々と繰り返して迎えた2ヶ月目の契約数は350回線で200人中19位。それでも1位ではないから意味はない。僕はホワイトボードに張り出された結果を横目で確認すると、そのまま席に戻り電話を続けた。

 

今のやり方ではトップが取れないと考え、そろそろ辞める雰囲気が出ている者に近寄って根こそぎリストを集めた。辞める者を見極めるのは簡単だ。罵声と暴力が飛び交う社内で、低成績ながら笑顔で昼飯を食い、頬を紅潮させている者に声をかけるだけだからだ。

 

リストを得た僕は朝から晩まで電話をかけ続けた。トイレに行く時間が勿体ないからなるべく水は飲まない。昼飯の時間は社内が静かになるから決済者と話すのに向いている。夜にならないとつながらない先は番号をメモして新宿から四谷までの会社へ向かう途中に歩きながら電話した。

 

そうして迎えた3ヶ月目の結果発表の朝。ホワイトボードに結果が張り出される直前、僕を睨みつけるような目つきで永井さんがやってきて言った。「よお、天才。お前とは今日でお別れだな。いつでも戻ってこいよ」結果は1098回線。2位の高卒19歳蘭ちゃんとの差はわずか3回線差。ギリギリではあったが1位を取ることができた。

 

すぐに柳瀬さんがやってきて「佐藤くん、おめでとう。お疲れさんだったな」と声をかけてきたが、どんな顔をすれば良いかわからず。「帰ってもいいですか?」とだけ聞いて了承をもらうと、その足でビルを飛び出した。

 

ナインのドアを開けて「おはようございます」と力なく挨拶すると。出かけようとしていた高城社長はすれ違いざまに「おぉ、柳瀬から連絡もらったよ。甘ったるさが抜けて良い顔になったじゃねえか!出かけてくるからちょっと待ってろ!」と笑いながら去って行った。

 

その後、歩み寄ってきた白岩くんの話によるとナインは高卒・未経験で募集しているものの、本当に高卒・未経験が来ると柳瀬さんのところに預けてふるいにかけているとのことだった。ちなみにこれまでに集めた13人は全員1ヶ月待たずに消息を絶ったとのこと。14人目にしてようやく生還者が現れたと驚いていた。

 

午後になって高城社長が帰ってきた。「まさか本当に1位取るとはなぁ。一応10位でも採用にしようと思ってたんだがな。やっぱキツかった?」と気軽に話しかけてくる。

 

僕は「キツイとかそういうレベルじゃないっすね。途中から犯罪者になった気分でしたよ。言い方悪いですけど、あれやってたら人間腐りますよ。合法詐欺じゃないですか。」と返す。

 

「まあそう言うなよ。たしかに詐欺みたいだけどな。お前みたいに叩き上げしか道が残されてないフリーターが一般人以上の金を稼げる場所なんだ。例えるなら、社会のセーフティーネットみたいなもんだな。力さえあれば誰でも這い上がれるって平等だろ。」と高城社長。

 

僕がしばらく黙っていると高城社長は続けた。「まあでもホラ、これ給与明細な。ちょっと弾んでおいたから勘弁しろや」。手渡された明細を見てみると基本給20万円のほかに特別手当で30万円。支給額50万円という見たこともない数字が並んでいた。

 

「え、こんなにもらえるんすか?」と聞き返すと、どうやら僕の営業成績の結果でかなりのお金が入るらしくお裾分けとのことだった。しおらしい言い方だが、自分の成績なのだから満額くれと言いたいところだったが、僕は大人しく言葉を飲み込んだ。

 

「じゃあ、金も入ることだしちょっと出かけるぞ」そう言われて連れて行いかれたのは六本木にある高級マンションの一室。オーダーメイドのスーツ屋だった。「お前はもううちの営業だからな。人は見た目で決まるんだ。営業が安っぽいスーツ着てんじゃねえよ。」と高城社長。言われるままにスーツ屋が僕のサイズを採寸。一言も喋らないうちにグレー・ネイビー・ブラックの3着を購入することになった。

 

「これ全部20万でいいわ。俺が立て替えておくから金入ったら返せよ」と押し付けられ、プレゼントじゃねぇのかよ。と突っ込みたくなったが、高城社長は帰りのタクシーで「これは俺からの入社祝いだ。お下がりだがな」と四角い箱を渡してきた。

 

箱にはHUBLOTと書かれている。腕時計のようだった。聞いたことのないブランドだったが、どうせ安物だろうと思った僕は中身をチラっと確認してカバンに放り込んだ。

 

会社に帰ると社長は「はい、仕事終了〜!今日は詐欺師の歓迎会で〜す!」と徳井さん、早希さん、白岩くんに呼びかける。そして全員揃って近くの高級焼肉店に入った。

 

「詐欺男のおかげで会社に臨時収入が入りますから。今日は好き勝手やっちゃってください!」と高城社長は値段も見ることなく「特上」のついた肉を次々と注文する。怒りを通り越したら腹が減ってきた。

 

酒も進みいつになく上機嫌だった社長が隣の席の女性客をナンパし始めた頃。白岩くんと徳井さんと会社の話をしていて驚いた。実はこのナインという会社。社員数4人ながら月商5000万円というありえない売上を叩き出している広告代理店だったのだ。

 

そのうち4000万円は社長の個人クライアント。利益率が20%だったとしても会社に入ってくる金は月に1000万円を下らない。人件費に家賃、その他経費を差っ引いても相当な額が残る。そんな高城社長は僕と同じ高卒。土方から営業など様々な仕事を経験して26歳でナインを創業したらしい。

 

色んな話をしているうちに僕の話へ。電話営業会社は詐欺のような仕事だったこと。会社に帰るなり連れ出されて20万円分もスーツを買わされたこと。よくわからないお下がりの時計をプレゼントしてもらったことを話した。

 

白岩くんが「お下がりって何?結構良いやつなんじゃないの?」と聞いてくるので、カバンから箱を出して二人に見せる。「HUBLOT。フブロットって読むのかな、これ」。

 

それを見た徳井さんは言った。「佐藤くん、これウブロのビッグバンだよ。えげつないやつ。調べてみな」言われた通り携帯で調べたところその価格に驚いた。129万円。

 

「佐藤くん、相当気に入られたみたいだね」と白岩くん。その向こう側では嫌がる女性を無理やり口説こうと必死になっている高城社長の姿。

 

その腕に巻かれていた時計は盤面に描いてある文字が歪んでいて、フチにはダイヤが敷き詰められていた。ブランドの名はフランク・ミュラー。価格は1200万だそうだ。得体の知れない世界であることは間違いない。自分はどこに向かっているのだろうか。不安でも期待でもなく、そこはかとない何かを僕はビールと一緒に飲み込んだ。

 

続きはこれ〜…

 

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2017年、心震えた出来事ランキング

12月29日 1:12

 

鶴見の自宅にて

 

取引先はどこも今日で仕事納め。矢継ぎ早に届いていたメールがパタリと止まるだけで休日感を味わえるのだからこの仕事は気楽で良い。とはいえ、僕の仕事が終わったわけではない。きっとこのまま山積みの原稿に埋もれながら大晦日を迎え年を越す。それでも構わない。寒い時に働いておいて暖かくなったら大型連休を取るつもりだからだ。

 

クリスマスを終えて新しい年へと駆け込むここ数日の慌ただしい街の雰囲気は嫌いじゃない。正月の支度でカゴ一杯に食材を買い込むお母さんたちを見ると何だかほっこりするし、普段は避けて通る酔っ払い達にもこの時期だけは「お疲れ様です」と声をかけたくなるくらいには心が穏やかになる。

 

僕にとっての年末はそのくらいでしかないのだが、今日は仕事の進みがすこぶる良く、気分も悪くないため、深夜の大掃除がてら今年を振り返ってみようなどと気まぐれに筆を取った次第だ。誰得のブログかはさておき、思いついたことをランキング形式で適当に書いていこうと思うので、言うほど忘年会に呼ばれていない僕と同じような境遇の人は、暇つぶしにでも読んでいって欲しい。

 

 

第5位 静岡県焼津市に別宅借りる

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のっぴきならない事情というよりは、むしろ早く借りたかったセカンドハウス。東京近郊以外に家を借りたのははじめてだったが、家賃の安さと環境の良さに驚いた。飯がべらぼうに上手いし人も良い。娯楽がないので仕事も進む。ゲームにギター、弾けないピアノ。セカンドハウスということで好きなものだけを詰め込んだこの部屋を僕はとても気に入っていて、今でも月の4分の1はここで過ごすようにしている。後日、東京で知り合った友人が実はセカンドハウスから数百メートルの位置に引っ越していたことが発覚。世間はやはり狭かった。

 

 

 第4位 10年ぶりのライブ&レコーディング

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メンバー募集サイトで適当にメッセージを送ってやりとりしたバンドで10年ぶりにライブ&レコーディングをしてきた。現役の頃よりも全然叩けなかったし緊張もしたが、好きなことに打ち込めるということは、何にも代えがたいくらい愛しいと感じられる素晴らしい時間だった。お師匠 に習うようになってドラムがこんなに楽しい楽器だということを知った。この時のエモさがなかったら、バンドマンシリーズは書いていなかったかもしれない。

 

 

第3位 HONEBONE EMILYのトークライブに出させてもらえた

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友人EMILYとの居酒屋下衆話が発展してトークライブに呼んでもらえたのは嬉しかったし楽しかった。バンドマンを辞めてからというもの、営業マン時代のプレゼンくらいしか人前で話すことはなかったので新鮮だった。事前ブログではかなり強気なことを書いてしまったがために「マジでEMILYの評判下げたらどうしよう」と、ヒヨりながら会場入りしたのはここだけの話だ。また機会があったらHONEBONEのトークライブにも出たいし、他でも「ライターで稼ぐコツ」とか「コンテンツマーケティング」とか得意なビジネス分野でも喋る仕事がしたいと啓発されるナイスな出来事だった。誰か喋る仕事くれ。

 

 

第2位 はじめて小説書いてみた

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小説と言えるほど立派なものなのかはわからないけど、その昔僕がやっていたバンドの実体験を元に私小説を書いてみた。自伝どや!という出来事よりも、僕を含めた登場人物が何を想ってどういう日々を過ごしていたのかという情緒を特に伝えたかった。MUSHA×KUSHA梅原さんやYellow Studs良平くんのリツイートで色んな人に知ってもらえたし、読んでくれた人からいただいた感想には心震えた。部屋と心が冷えがちなBa.植田さんからもらった「チャッピー、俺は泣いたよ」という言葉は意外過ぎて嬉しかったが「え、じゃあリツイートお願いします」の一言が言えなかった。彼は僕より年が3つも上だからね。

 

 

 第1位 クリスマスに40万円使ったったった

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僕がずっと未解決にしたまま放置していたとある問題に句点を一つ打つことができた。実話を書くかどうかはわからないけども、新しい私小説を書こうと思ったきっかけの出来事がこのクリスマス40万円事件だ。新しいシリーズ「金はあるのか?」は「夢追い人の幸せはどこにある」的なテーマで書いているんだけどもバンドマンシリーズとは所変わり、ビジネスの世界で僕が見てきた悲しい人たちの情緒を伝えていきたい。同じ経験をする人は少ないだろうから感情移入はしにくいかもしれないけども、ニーズ無視してでも僕が書きたい話の一つだから暇な人は読んであげて欲しい。これを書いたらもう私小説はネタ切れなので、かねてからやりたかった完全創作に手を出したい。

 

 

番外編 結構万円の仕事を断ってきた話

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僕はコピーライターを名乗っているけれど、その素性は書き物だけでなくマーケティングの企業参謀も兼ねているからちょっと複雑だ。ありがたいことに仕事はたくさんいただいていたのだけど、様々なしがらみによって本来のパフォーマンスを発揮できない場面が増えてきたので、黙ってれば入ってくる結構万円(僕にとって)の仕事を断ってきた。その時間にもっと気持ちの良い仕事がしたいからね。それが良いか悪いかはわからない。もしかしたら僕が甘いのかもしれないし、この後に素敵なことが待ち受けているかもしれない。失敗したら世の中ナメんじゃねえ!と居酒屋で罵って欲しい。この出来事もまた新しいシリーズ「金はあるのか?」に紐付いていたりする。写真に意味はない。

 

 まとめ

この他にもいきなりスナックで働き始めてみたり、今年を振り返ってみるとよくもまあこんな好き勝手に生きれたもんだなと。お前何者なんだと。自分ではシンプルに生きてるつもりだけど、客観的に見れば突っ込みどころは満載だ。

 

「俺にはこれしかないんだ」っていうカッコ良い生き方に憧れたりもするんだけど、僕は一つの分野で100点を目指すよりも三つの分野で各70点取って210点で評価してくれ!という面倒くさいタイプだから困ったもんだ。ゆえに家族・友達・取引先とて僕が何をしている人なのかどこを目指しているのか正確に把握している人は一人もいない。のは完全に僕の説明不足なのだが。

 

日々を生きることに精一杯だから目標なんて毎年決めてない。なるようになるし、それでもどこか良い感じのところにたどり着くんじゃないかと都合よく生きて35年。だから来年はさらに好き勝手生きてみようと思う。

 

ルールはただ一つ。今年還暦を迎えた母から誕生日に送られてきた「来年も人に喜ばれる仕事をたくさんしてください」というメールとの約束。これだけは守ろうと思ってる。あと横浜からどこかに引っ越す。何の得もないのに最後まで読んでくれてありがとう!

 

 

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1、夢にまで見た正社員|【私小説】金はあるのか?

ギリ高卒でバンドマンだった僕が言うから落ち着いて聞いて欲しいんですけど、学歴社会ってすごい平等だと思うんですよ。いや、ほんとに。僕たまに仕事で求人広告を作ったりするんですけど、例えば項目に「大卒以上」ってあるでしょう。

 

あれは知識量とか頭の良さについて言ってるのではなく「うちはちゃんとした人しか雇いませんよ」っていう企業の意思表示なんですよね。大卒ではない人たちを傷つけないようにわざわざオブラートに包んだ気遣い溢れる表現の一つなんです。僕は傷つくタイプなんですけどね。

 

あなた耐えてきましたか?って。嫌なことでも一生懸命できますか?って。自分で自分のこと管理できますか?って。社会ってそういうところですよ?って。今も昔も学歴ってそういう「ちゃんとした人」の証明代わりだし、社会の救命胴衣だと思うんです。

 

だから夢があろうが運が悪かろうが家庭の事情だろうがそこに溢れたのならもうそこは自己責任の世界。慎ましく暮らすも良し、夢を追いかけるも良し。一度きりの人生好き勝手やりましょうやというピカピカのレールが地上に敷かれてるわけですよ。はい。

 

ただ、そのレールの上を歩くなら常に付きまとうのがお金の問題。もちろん例外はありますけどね。僕はもうこれが煩わしくてしょうがなくて。好き勝手生きるのは譲れないけど、金の問題でアレコレは耐えられないという素直の日本代表的な性格をしてまして。

 

しかし、バンドを卒業したばかりの僕にはそこに答えなど見出せず。じゃあどうするかって「とりあえず稼いでから考えようぜ」ということで、泣いて暮らした高円寺のワンルームを出て右左上下すらわからないビジネスの世界へ飛び込んだわけなんですよ。

 

するとそこは天地覆る冥界。地獄の業火に心を焼かれ、稲妻で切り裂かれた両腕にマキロン。そこらを歩けば焼け野原を彷徨う屍にカツアゲされるも、腰ミノまではいらないと突き返されプライドまでもぺらぺらに。女子大生がキラキラと輝く澄み渡った空の下に戻ってくるまでには十年の歳月を要しました。ええ。僕の一人劇場ですけどね。

 

二兎を得ようとした者の末路やいかに。まだ完結してなかった話だから人に話したこともあまりなかったのですが、つい先日ふとしたことがきっかけで決着がつきまして。例の如くエモい気分になりましたので、得意の面白悲しい私小説にしてしまおうと書くことを決めた次第です。

 

今回のタイトルは「金はあるのか?」。これは夢・愛・金といった僕を苦しめ続けるけしからん課題についての総称で、この十年で僕なりに捻り出した一つの答えみたいな話になるかもしれませんが、人様の人生について是非を問うものではありませんので話半分で読んでくれたら嬉しいです。

 

それよりも僕を含めた悲しき登場人物が何を想いながら冥界での日々を過ごしたのか。そんな情緒や心の機微を楽しんでもらえたらいとおかしです。

 

P.S この話はフィクションです。二回言います。この話はフィクションです。

  

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ーーー

 

夢にまで見た正社員

 

午前8時の満員電車。イヤホンで耳を塞ぎ目を瞑った若い女性の顔はどこか疲れていて、腹の出た中年男性の咳払いとともに漂ったのは昨日を洗い流した酒の残り香。すし詰め状態の車内は居心地の良い場所ではなかったが、正社員デビューの今日を楽しみにしていた僕にとってこの日の満員電車と黒いスーツ姿は少しだけ誇らしいものだった。

 

JR四谷駅の四谷口を降りて履きなれない革靴の踵をカポカポと鳴らし、四谷見附の交差点を渡る。細い路地を入ったところにある雑居ビルの階段を三階まで駆け上がり、勢いそのままにドアノブに手を掛け重い鉄の扉を開けた。「おはようございます!」

 

「お〜、そういえば今日が初日だったな」と机に突っ伏したまま寝ていた高城社長は顔を起こした。僕が「よろしくお願いします!」と頭を下げると「おう〜、よろしく」とあくびをしながら高城社長は答える。

 

バンドとアルバイト経験しかない25歳の僕が就職先に選んだのは学歴不問・未経験歓迎という謎の条件で正社員を募集していたインターネット広告代理店「ナイン」。

 

具体的に何をしている会社なのかはわからなかったが、その他の目ぼしい仕事はほとんど大卒以上だったことから応募が出来なかったのだ。そのため「正社員ここぐらいしかないし、インターネットだし何となく生きる術が身につきそう」という安易な理由から電話をかけてみることにしたのだ。

 

うす汚れたアルバイト経歴をむりくりまとめ、履歴書を手に挑んだ面接では「バンドやってました。ドラム叩けます。日本三周しました」という何の役に立ちそうもない自己紹介が社長のツボにハマって大笑い。「よくわからないけど面白そうだからいいよ」という気分採用に至った。

 

広告代理店ナインは中小企業というより小企業でメンバーは、34歳の切れ者高城社長、社長直属のアシスタント白岩くん。事務兼何でも屋の早希さん、3日前に転職してきた元・学生起業家の徳井さん、そして高卒バンドマンの僕しかいない。

 

全員が出社した後、朝礼で高城社長は言った。「今日から新人が入ったからよろしく。じゃあ徳井、佐藤。とりあえず今月は300万ずつな。いってらっしゃい」朝礼が終わると早希さんと白岩くんは無言のまま席につき、PCのキーボードを小忙しく叩き始める。

 

徳井さんもすぐに準備を済ませ「いってきます」と勢いよく会社を飛び出した。しかし、僕は何をすれば良いのかさっぱりわからずその場に立ち尽くす。すると早希さんがやってきて「はい、これ」と僕の名前が入った名刺と提案書を数部のみ机に放り投げていった。雰囲気から察するに「これで営業に行ってこい」ということらしい。

 

「い、いってきます」と声をかけて会社を出る。とはいえ、どこに行けば良いのか何を売るのか皆目見当もつかない。「バイトでも研修ってあるよな」とは思いつつも、研修なんていう甘い環境が存在するのはアルバイトのみ。ハイレベルな仕事をする正社員は自分で考え行動するものなのだと気を引き締め直した。

 

まずは何をいくらで売るのかくらい理解しておかないことにははじまらない。僕は駅前のドトールに入り早希さんからもらった提案書を開いた。表紙にはこう書いてある。

 

【リスティング広告運用のご提案】

 

「ふむふむ…リスティング。ほぉほぉ、リスティングね」さっぱり意味がわからなかった。リフティングでもなければラフティングでもない。リスティング、おまけに広告ときた。苦し紛れに次のページをめくるも聞きなれない横文字が飛び交い頭痛が痛んだ。

 

これは恥を忍んで聞かねばなるまい。僕は踵を返した。「ずいぶん戻ってくんの早いな」と高城社長。すかさずリスティング広告とは何かを教えてくださいと頭を下げて頼んでみた。すると次の瞬間、バコン!と頭頂部に衝撃。ふと前を見ると、高城社長は鬼の形相でメガホンを手にしていた。

 

「そんぐらい知っとけ!ボケカス!じゃあお前、何で会社出てったんだよ!」怒号が飛んだ。出会って数回の人間に惜しげも無く怒りをぶちまける高城社長の表現力にたじろいだが、僕は落ち着ついて考えた。正社員とはこういうものなんだ。

 

満員電車には辛そうな顔をしたサラリーマン風の人々がたくさんいたじゃないか。皆同じだ、そう、これが社会ってもんなんだ。僕は自分に言い聞かせた。

 

「すみません!ボケっとしてました」と頭を下げて謝ると「白岩!このバカに説明してやれ!」と高城社長。その際、なぜか白岩くんもメガホンで頭を叩かれていた。

 

Yシャツと肌の色の区別がつきにくいと言えば大袈裟だが、色白ノッポの白岩くんは僕と同い年の25歳で社長直属のアシスタント。高城社長のデスクに常備してあるメガホンが平に変形するくらいの期待を一手に引き受ける立派な正社員だ。

 

「さ、佐藤くん。よ、よろしくね」どもり癖のある白岩くんは何かに怯えたような話し方で僕にリスティング広告の説明をしてくれた。白岩くんの話によると、リスティング広告とは検索エンジン内の特定キーワードで、自社ページが上位に表示されるように設定する広告とのこと。

 

つまり、ダイエットサプリを売っている会社なら「ダイエット サプリ」というキーワードの上位表示を狙うことでダイエットサプリ購入を検討して検索してくる人の目に止まりやすくなり、売上にも繋がるという全体像だ。

 

このリスティング広告を企業に代わってナインが運用することで入ってくる報酬は初期設定の10万円に加えて運用広告費の20%を手数料としてもらい受ける。要は広告運用額100万円の企業と契約できれば初月に30万。これを月に10件ほど契約してこいというのが徳井さんと僕に課せられた目標だ。

 

一通り白岩くんからの説明が終わると高城社長は「おい、テレアポだテレアポ!アポ取ってから営業行け!飛び込みは効率が悪いからな」とアドバイスをくれた。僕は自席に座りパソコンを立ち上げる。高城社長からの指令は、NTTの電話帳に掲載されている企業を上から順にどんどん電話をかけて売り込んでいけというものだった。

 

言われた通りに受話器を上げて番号をダイヤルする。「あ、もしもし〜。私、ナイン株式会社というインターネット広告の運用を行っている会社の佐藤と申しますけども…」「ガチャッ!」。「あ、もしもし〜。私、ナイン株式会社というインターネット広告の運用…」「ガチャッ!」「あ、もしもし〜。私、ナイン株…」「ガチャッ!」。

 

営業電話を無下にガチャ切りしていた母親の顔が目に浮かんだ。営業は難しい…そう思いながら次の番号をダイヤルしようとしたところ、今度は側頭部から稲妻が走った。

 

「こらボケカス!なんで電話する先が豆腐屋なんだよ!街の豆腐屋がリスティングやるわけねえだろ!」同時に怒鳴り声が聞こえてきた。「上から順にどんどん電話しろというので…」と答えると高城社長はメガホンで僕の頭をまた一つ叩いて続けた。

 

「いいか、お前。営業っていうのはまず誰に売るかが重要なんだよ。インターネット使って広告したら儲かりそうなところをある程度絞っていかないと話にならんだろ!」

 

そこからある程度インターネットで調べながら電話をかけるようにした。しかし、飲食・小売・サービス・製造…様々な業種にアプローチするもアポが取れる気配はない。一週間が過ぎる頃にはもはやアポが取れる気すら起きず、ただ淡々と断られるだけの日々を過ごすうちに自分の顔から表情が消えていたことに気づいた。

 

するとある日、高城社長は僕の目の前で電話をかけはじめた。「お〜、久しぶり。俺、俺。うん、いつも悪いんだけどまた一人送るからさ。3ヶ月くらい面倒見てやってくんないかな。うん、ビシバシ頼むわ。」

 

僕が受話器を片手に目をやると高城社長は立ち上がり僕を見下ろしてこう言った。「荷物まとめろ。今日からお前の職場は新宿だ。俺のコネで超優秀な電話営業の会社に預けてやるから、そこでトップ取って帰ってこい。3ヶ月経ってもトップ取れなきゃクビだ。お前みたいなポンコツバンドマンはそんくらいやって人並みなんだよ!」

 

「バンドマンは関係ねぇだろ」という一言が飛び出す寸前だったがなんとか堪えた。その後、高城社長に連れられ向かったのは東新宿にほど近い雑居ビルの最上階にあるワンフロア。入り口にはカードリーダーのセキュリティーがついていて、中に入るために迎えに来たのは高級スーツに身を包んだ三十歳手間くらいのビジネスマン、柳瀬さんだった。

 

髭面でつり目の柳瀬さんは紳士的な口調で言った「佐藤くん、今日からよろしくね」。優しい笑みがこれだけ似合わない人がいるものかと驚いた。柳瀬さんの案内でオフィスに入る。そこでは200名近い営業マンが一心不乱に電話をかけていた。

 

そして次の瞬間。ゴン!という鈍い音が聞こえて横を向くと、くたびれたグレーのスーツを着たおじさんが若いホスト風の男に胸ぐらを掴まれ「テメー、もういい加減死ねよ!」と罵声を浴びせられながら壁に叩きつけられていた。

 

少しして解放されたおじさんは半泣きの状態ですぐ席に戻り、力ない手つきで電話番号をダイヤルしはじめる。これアウトなやつじゃない?という考えがよぎったが、僕は高城社長の会社から来た人間。部外者がここまでされることはないだろうと願いにも似た予測を立てた。

 

呆然としていた僕を見て柳瀬さんは言った。「ごめんごめん、びっくりした?でもね、ここではしょうがないの。年齢もキャリアも関係ない。契約取った奴が善で取れない奴は悪だからね。佐藤くんも、頑張ってよ〜。」

 

「よし、じゃあとりあえずここで営業成績トップ取ってこい。あとここ19時までしか電話できないから。終わったら会社に戻ってこいよ。雑用あるからな。」高城社長は笑いながら僕に言葉を投げかけ、その足でオフィスを後にした。

 

少しだけ。ほんの少しだけ。大嫌いだったライブハウスが恋しくなった。

 

続く… 

 

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